ZIGGY

それゆけ! R&R BAND

ZIGGY_それゆけ

商品番号:15EC-101
Release Date:1987.7.10
Produced by:佐藤宣彦
最高位:74位

No TITLE 作詞 作曲 動画 歌詞
A1 それゆけ!R&R BAND 森重樹一
戸城憲夫
戸城憲夫 動画 動画
A2 I CAN’T STOP DANCIN’ 森重樹一 森重樹一 動画 動画
B1 FEELIN’ SATISFIED 森重樹一 森重樹一 動画 動画
B2 BURNIN’ LOVE 森重樹一 森重樹一 動画 動画

オレたちはニセのストーンズになって落ちぶれていくより、
新しい形のものをやりたいんだ

森重樹一 ロッキンf 87年7月号インタビューより

真っ赤なバックに、妖しい色彩の蛾のジャケットが、嫌でも印象に残るZIGGYが世に出た記念すべき4曲入りのミニアルバム。発売後2日で、初回プレス3000枚が売り切れたという。

ここに収録された4曲は、現在でも人気が高く、かなり後までLIVEで演奏される事が多かった。それもそのはず。このアルバムのレコーディング当初、まさかメジャーからアルバムが出るとは思っていなかった彼らは、持ち曲の最もいい4曲を選び、ここに収録したのだ。

ジャケットの蛾の意味は、自分達を皮肉って「ケバくて嫌われ者だから」だそうだが、周囲に「蝶」と間違えられ、戸城はガッカリしたという。尚、裏ジャケットの写真は、取材のついでに、シンコーミュージックの地下で撮影。戸城がサングラスをしているのは、「化粧すると、この後ゲーセンのバイトに行けない」という理由らしい。まだまだ駆け出し時代のお話……。

※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。


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入会特典・継続特典など

各アイテムとも、配布時期や何の特典なのか不明なものが多いので情報お待ちしています。

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購入特典、予約特典など

何のCDの特典か不明なものが多いので調査中です。情報お待ちしています!
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関係人脈リスト

あ行 か行 さ行 た行 な行 は行 ま行 や行

あ行

赤波江敦夫
「HEAVEN AND HELL II」以降のZIGGY、The DUST’N’ BONEZのレコーディングに頻繁に登場するエンジニア。ARB、MALICE MIZER、清春、10FEETなどのレコーディングにも参加している。05年にはA-ZASHという自身のユニットでの活動も開始。
Twitter/@redwave1963
穴井仁吉
陣内孝則在籍のロッカーズ、大江慎也、花田裕之という伝説のロッカーを生み出したルースターズに在籍した強者ベーシスト(※ルースターズ参加は解散間際)。大島治彦とVoo Doo Hawaiiansで一緒だったこともあり、松尾のソロアルバム全編に渡り参加。
有待雅彦
shammonのボーカリスト。95年、原一博とのユニットWILD STYLEでデビュー(と思われていたが、実は89年のTVアニメ「アイドル伝説えり子」の挿入歌を4曲歌っており、サントラ盤にも収録されている)。98年解散後、ファイの前身バンドLOST SOULSのLIVEに大山が参加している際、二人は顔を合わせる。03年末まで大山と活動を共にした後、演歌、ムード歌謡のシンガーになるためソロで活動していたが、諸事情で頓挫。現在は大山とShammon(Z)としてときたまライブを行っている。レンタルスタジオ”Studio Rose”の代表/店長を務めている。
BLOG『Studio Rose 有待雅彦のブログ』
五十嵐”Jimmy”正彦
THE EASY WAKERSのギタリストであると同時にTHE PRODIGAL SONSのもう一人のギタリスト。活動歴は古くDEVILS、THE SILVER DOGSなどでも活動。森重と松尾のアコースティックユニットだった頃のTHE PRODIGAL SONSにサポート参加した頃から関係が深まり、ZIGGYの「NOW AND FOREVER」にはレコーディング、ツアーともに参加し、松尾と森重から絶大な信頼を得ている。その後”バンド”となったTHE PRODIGAL SONSにも参加している。
BLOG『JIMMY’S BAR』
池田鷹宏
M・F・Qのベーシスト。高樹リオと親交があったためGlass Dorcus のベーシストとして迎えられる。ZIGGY人脈のベーシストには珍しくファンキーな要素の強いベースを弾く達人。デビューはGUSTY BOMBSというバンド。
現在はGlass Dorcus で活動を共にした高樹リオとバンド活動開始。
石井仁
ソイソースソニックス、BEREEVEを経て(BEREEVEでは石井直人名義)。97年THE SLUT BANKSの「死霊の激愛」、99年「死霊光線」にバックコーラスで参加。99年8月THE SLUT BANKSの弐代目ギタリストとして迎えられる。THE SLUT BANKS解散後は、引き続きBAD SiX BABiESに参加。BAD SiX BABiES解散後は白浜久のデモ、戸城憲夫、増田勇一らとのお遊びバンド「世田谷ローゼス」などにも参加。またBAD SiX BABiESの再結成とも言えるフルスペック3連チャンにも参加している。2007年にはアクシデントに見舞われた坂下丈朋のサポートとしてThe DUST’N’ BONEZのツアーに同行、戸城憲夫を見事にサポートした。現在も、THE SLUT BANKS、BAD SiX BABiESで活動すると共に、”茶柱”というアコースティック・インスト・ユニットでも活動。
WEBSITE『不滅のギター男、石井』
市川”JAMES”洋二
元THE STREET SLIDERSのベーシスト。森重の「BUTTEFLY」のレコーディングにも参加していたが、「NOW AND FOREVER」録音時のZIGGYに、脱退した津谷正人の代役としてサポート参加。ツアーにも同行し、ZIGGYが活動休止するとそのままTHE PRODIGAL SONSに正式加入した。
WEBSITE『市川ジェームス洋二 JAMES WEB SITE』
ICHIRO
原宿ホコ天での活動が認められて、本格的ブルースギタリストとして91年にデビュー。2枚のアルバムと1枚のミニアルバムを発表した後、ダイアモンドユカイらとのセッションを経て、95年、ZIGGYの「WHAT NEWS!?」のレコーディングに参加。翌96年アルバム発売直後のツアーにも同行している。その後、DAIAMOND★YUKAIと活動を共にするなどしている。
WEBSITE
大内”MAD”貴雅
高校時代の81年にANTHEMにドラマーとして参加。以後、解散までの11年間、全てのアンセムの活動を柴田直人と全うする。ZIGGYとは、特に森重との友情が深く、99年の森重のソロツアーにドラマーとして同行した他、ZIGGYの「ZOO&RUBY」のリハーサルにも参加している。バンビーノ、Voo Doo Hawaiiansを経てHEESEY WITH DUDESや古巣のANTHEMの再結成も参加するなど精力的な活動を続けている。
WEBSITE『MAD’S COBWEB & STRANGE』
大島治彦
松尾のソロ「Like A Rolling Stone」のプロデュースを担当したドラマー。舞士、泉谷しげるグループなどでの活動が知られている。松尾とは古くからの友人で、松尾にとっては「キ-スリチャーズにとってのスティーヴ・ジョーダン」並に信頼関係が厚い。”バンド”となったTHE PRODIGAL SONSにドラマーとして参加、現在は松尾宗仁&ブラックリムジンで活動している。
大野祥之
主にロッキンfなどで活躍しているライター。ZIGGY関係者とは、親密で2001年頃までのZIGGY関係の雑誌の記事では彼の名前をよく見掛ける。また44MAGNUMの1st「DANGER」にはプロデューサーとしてクレジットされている。
Twitter/@zigzig691

か行

河辺健宏
SNAKE HIP SHAKESの「SNAKE HIP SHAKES」「VIRAGO」のレコーディングに参加し、「VIRAGO」ツアーにも同行したキーボード奏者。「河ポン」の愛称でも親しまれている。知念里奈、鈴木蘭々、田原俊彦、中森明菜などの作品に参加し、多くのアニメのサントラも手がけている。(2014年現在で)松尾在籍でのZIGGY最後のLIVEとなった2007.12.31のカウントダウンにもゲストで参加。
川村ケン
元SHADY DOLLSのキーボード奏者。ZIGGYの95年から96年のLIVEのサポートでその手腕を発揮。「WHAT NEWS!?」のレコーディングにも参加している。以Z後、元TMネットワークの宇都宮隆、元BOW WOWの斉藤光浩のLIVEなどに参加。THE PRODIGAL SONSのバンドになってからのレコーディングには2枚共に参加している。
BLOG『ケン坊のこんな感じ。』
神田和幸
森重のソロ活動を支えるギタリスト。「オレの歌を最もわかってくれるギタリスト」と森重が語るほど信頼は厚く、ZIGGYのデモテープでも森重に協力し、多大な貢献をしている。またNOBS、マジックカーペットライドを経て、ティラノザウルスのギタリストとして92年に「ライヴアットグラムケンシュタインツアー」というアルバムを発表しているが、そこには白浜久の推薦文が記されている。森重のソロアルバム「ROCK & ROLL SiNGER 」にも共同プロデューサー(DRUNKEN BLONDZ名義)、ギタリストとして全面参加。森重とアコースティックデュオ”神乃森”を経て、ソロに専念しはじめた森重と共に”LOVE A SOUL”でも活動。
WEBSITE『神田和幸 Official Site』
喜国雅彦
「傷だらけの天使たち」(作品中ZIGGYからみのエピソードも多い)「月光の囁き」などで知られる(主に4コマ)マンガ家。ZIGGYとは仲もよく、雑誌「宝島」に「今月のZIGGYさん」を連載していた。「それゆけR&R BAND」のビデオにも2本、彼の4コマが載っている。
WEBSITE『こたくんといっしょ』
狂平
元DEVILSのギタリスト。現在は松尾宗仁が命名したバンド”ROSE PINK CADY”で活動中。2008年6月のLIVEでは松尾と共演。また「I CAN’T STOP DANCIN’」のリメイクバージョンではラスト近辺に少しだけギターソロで参加している。
KIYOSHI
本間清司。一般的には、hide with Spread Beaverのギタリストとして知られるが、media youth、Lucy、machine、Madbeaversなどでも活躍。森重樹一のソロワークにも参加。
Twitter/@kiyoshi_freeman
上記”KIYOSHI”とは別人の女性ベーシスト。ex.Whiteberryの前田由紀とLa’cryma ChristiのLEVINのバンドTHE HUSKYに所属していた。 THE HUSKY休止後は、LEVINと共にLa’cryma ChristiのKOJI率いるALvinoのサポートメンバーとなる。2012年3月、ROCKGUILDが企画した森重樹一、MADBEAVERS、ALvino出演のイベント「MMA -Mixed Martial Arts-」にて森重樹一とセッションした事がきっかけとなり、森重のサポートを務めるようになる。 2013年の森重のアルバム『ELEVEN ARK』ではサポートメンバーの域を越え「STRANGE KINGDOM」を作曲。 2014年現在、森重ソロに欠かせないメンバーとなっている。 また、正式メンバーとしては、KELUN児島亮介のINSIDE ME、ZIGZOのsakuraが在籍するThe Madcap Laughsに在籍している。
BLOG『清君のマニぃコーナー』
清春
黒夢でメジャーデビュー後、sadsを経てソロで活動するヴォーカリスト(現在は黒夢とsadsも復活)。ZIGGYのデビュー当時からの大ファンだった言う。森重のソロアルバム「ROCK & ROLL SiNGER 」に作曲とバックボーカルで、一聴して彼とわかる個性的な声で参加。そのお返しに彼のソロアルバム「poetry」の「REVOLVER」に森重がゲスト参加している。
WEBSITE『清春 OFFICIAL WEB SITE』
黒須克彦
アニソン、アイドルなど多彩なジャンルの楽曲(「夢をかなえてドラえもん」、中川翔子、LiSA、藍井エイルの作曲など)の作編曲を手がけつつ、ベーシストとしての顔も持つ。 楽器を始めたきっかけとしてZIGGYを挙げているZIGGYチルドレンである。 2009年11月11日の樹一の日のライブに、森重のサポートベーシストとして参加。2012年4月の「ELECTRIC MOON TOUR」では、森重バンドのベーシスト兼バンマスを担当(この時、バンマスの黒須が、ギタリスト山本陽介を森重バンドに参加させている)2012年の森重のシングル「SADISTIC SMILE」、アルバム「ELECTRIC MOON」ではプロデュースを担当(タイトル曲「SADISTIC SMILE」「ELECTRIC MOON」の作曲もしている)以降、単発で森重バンドのサポートを務める事もあり、依然として森重の黒須に対する信頼は厚い。
BLOG『Kurosu-Blog』
ZIGGYに関連する記事 その1
ZIGGYに関連する記事 その2
木暮”シャケ”武彦
レッドウォーリアーズのギタリスト。森重とは音楽趣味も似通っている。92年には森重、MAD大内らとともに「NEEDLES OF REVOLUTION」というバンドを結成。いくつかのイベントでステージに立っている。CASINO DRIVE、ソロ、サイコデリシャス、再結成レッズを経て、三国義貴とのユニット「深空」や、女性ヴォーカルを従えた「Mt.DELICIOUS」でも活動。
WEBSITE
小林まこと
Glass Dorcus 結成当時のパーカッショニスト。デビューミニアルバムの発売直前に脱退したため、アルバムにはゲスト参加扱いになっているが、LIVEでは何度も素晴らしいプレイを聞かせてくれた。

さ行

斉藤光浩
元BOW WOW、ARB。特にBOW WOWでのボーカリストとしての活動は有名。熱心なBOW WOWファンだった戸城は91年、斉藤のソロツアーにベーシストとして同行している。一時はプロデューサー的活動が主だったが、98年頃からKIT16、BOW WOWで活動再開。
坂井紀夫
元ナスカのベーシスト。「YELLOW POP」のプロデュースを担当してから以後、「ZOO&RUBY」「WHAT NEWS!?」でのコーラスアレンジに大きく貢献。森重のソロシングル「夢一夜」のカップリング「LAZY FLOWER」では本職のベースを弾いている。
Twitter/@noriosakai211
坂下丈朋
Dragon Ash、黒夢などのサポートの後、sadsに正式参加。以後活動停止までバンドを支えるが、その後は戸城、森重とThe DUST’N’ BONEZのギタリストとして活躍。再結成後のBAD SiX BABiESにも参加。
佐藤達也
通称「リーダー」。ZIGGYのLIVEやレコーディングにキーボードとして多数参加。 ZIGGYの準メンバーといっていい。森重のソロ、THE SLUT BANKS、ZNXでもキーボードで参加している。ZIGGY以外ではLINDBERG、aikoなどと活動を共にしている。
佐藤宣彦
「IN WITH TIMES」「HOT LIPS」「KOOL KIZZ」「SOUND TRAX」「Goliath birdeater」と多くのZIGGY作品のプロデュースを勤める。他にZNXの2枚のアルバムも彼のプロデュース。日本ロックの重要なプロデューサーとして、リンドバーグ、黒夢、SHAZNAなども手がけているが、元はれっきとしたミュージシャン。元頭脳警察のPANTAとのユニット「PANTA&HAL」での活動は有名。ソロアルバム4枚出しており、特に90年の「MILLION DOLLARS NIGHT」では森重と松尾がゲスト参加している。
WEBSITE
佐藤暢宏
デビュー前5人編成時のZIGGYの、もう一人のギタリスト。戸城が加入した際「バンドは4人」という彼の哲学からはじき出されるような形で脱退したが、その後、神田和幸と共にNOBSを結成。1990.12.9のラズル追悼イベントではNOBSに、森重、松尾が加わった形で演奏したこともある。
沢田周二
Diddie wa Diddy最初のギタリスト。森重、村上らの無二の親友だったが、1998.7.19に永眠。彼への思いが「LAZY BLUE」といった名曲を生み出しているばかりか、彼を偲び定期的に”SHU’S BAR”というイベントが行われるなど、今もなお友人達の間で大きな存在となっている。
嶋田直樹
PSYCHO CANDIEのヴォーカリストとして津谷と活動を共にしていたが、ZNXのデモにヴォーカリストとして参加したり、ハーレムジョーカーズのヴォーカル時代に森重が音源にゲスト参加したり、ZIGGY関連者との親交も深い。現在は廣嶋のボーカリストとして活動中。PSYCHO CANDIEでもLIVEを行っている。
JAH-RA
THE EASY WALKERSのパーカッショニスト。「暗流」の見事なパーカッションは彼。THE SLUT BANKSのアルバムにもゲスト参加しているなど、ZIGGY関係者とは縁が深い。04年末のPSYCHO CANDIE再始動にも参加。
白浜久
THE MODSの前身バンドのギタリスト、元ARBのギタリスト、ソロとしても多数のアルバムを発表。「CRAWL」では編曲面で大きな貢献。迷走期ののZIGGYを語るには欠かせない人物。森重ソロのサポートも忘れられない。2004年より田中一郎とのプロジェクト「一久」を始動させる他、現役高校生バンドLENO VALENTINEのプロデュースなど多岐に渡る活動を展開中。
WEBSITE
STEVE ALBINI
90年代の音楽シーンを語るのに欠かせない「NIRVERNA」のプロデユーサーとしてあまりにも有名な世界的プロデューサー。THE SLUT BANKSのマキシシングル「I’LL GO ROUND」をプロデュース。
妹尾妍祐
ZNXのボーカリスト。「ホットウイング」というアマチュアバンドの一員としてLIVE HOUSEで歌っていたが、93年新バンド結成のため動いていた松尾の目に留まり、ZNXのボーカリストとしてデビュー。2枚のアルバム、6枚のシングルを残す。現在はZNX解散後に組んでいたバンドBAD APPLESを再結成し、埼玉のLIVEハウスを中心に活動中。
瀬山純一
SNAKE HIP SHAKES時代にエンジニアとして大活躍した人物。JOEと旧知の仲だったため、彼がSNAKE HIP SHAKESの1st用に連れてきた。スネイクのラストアルバム「NEVER SAY DIE」で意見が対立し袂を分けたが、山中湖の合宿レコーディングにてメンバーの結束を固め、秀作を送り続けた手腕には感謝したい。

た行

ダイアモンド☆ユカイ
レッドウォーリアーズのボーカリストとしてシーンに君臨。89年解散後はダイアモンド☆ユカイ名義のソロ活動を開始。このソロ活動には宮脇”JOE”知史が行動を共にしていた。ソロ、RED WARRIORSでの活動を繰り返しつつ現在も幅広く活躍中。
BLOG『ユカイなサムシング』
高木フトシ
BAD SiX BABiESのヴォーカリスト。元々はHATE HONEYのボーカリスト。BAD SiX BABiES解散後は再びHATE HONEYで活躍(06年で解散)。 戸城、石井と3人で「フルスペック3連チャン」というアコースティックユニットで一夜限りの復活をしたこともあるが07年には元ZIGGYの大山正篤を迎えたGENTLEY WEEPSのボーカリストとしてもステージに立った。05年4月初のソロ音源マキシシングルをリリース後、自身のサイト、LIVEハウス等で積極的に音源を発表。08年2月には初のソロアルバム「Lylics」を発表。並行し、鴉空、vez、gonvut、The Tyler Gardenでも活躍。 現在はvezとソロを中心に活動中。
WEBSITE『東雲の鴉空』
高樹リオ
TRYBECCAのボーカリスト。KIX-S、B’zなどのコーラスワークで活動していたが、ボーカリストを探していた松尾と出会いTRYBECCA結成。ZIGGYに松尾が復帰したことにより、TRYBECCAは活動休止。以後、ロッカフランケンシュタイン、ソロ活動を経て再び松尾と組んだGlass Dorcus で04年ミニアルバムを発表。松尾と再び離れた後は、can/gooのTAPIKOと共にRIO/TAPI゚を結成し、アルバムも一枚発表。加山雄三やジャニーズ関係者のバックコーラスなどでも活躍中。現在は、ロッカ★フランケンシュタインを再結成し活動中。
BLOG『高樹リオの、旅と音楽そして海』
高橋不二人
78年に結成され、79年には「DIRATY CITY」でデビューしたDEVILSのベテランR&Rシンガー。 以後、不遇な時代が続いたが、89年に「FUCK OFF DIE」で再デビュー。91年に解散後はTHE SILVER DOGSを結成。森重はアマチュア時代から不二人のファンで、ZIGGYを始めた頃の手本だったと語っている。94年の彼のソロアルバムでは戸城がベースで全面参加している。
高山克彬
大山と結成したバンドLAVのボーカリスト&ベーシスト。80年代後半バンドブーム期に人気のあったKATZEに在籍。大山とLAVを結成し、大半の曲の作曲とボーカルを担当する中心人物だった。その後はKATZE時代の同僚、中村敦とN☆M☆Aで活動を共にしている。04年には初のソロアルバム「Finger,Voice and Soul」を発表。
Twitter/@KATSUNORI10_31
TAKUI(中島卓偉)
マギーメイのヴォーカリストとしての活動後、99年10月SMEより「トライアングル」でデビュー。以後アルバム10枚、シングル12枚をリリース(08年7月現在)。森重を師と仰ぎ、活動初期からZIGGYへのリスペクトを表明していた彼の功績は大きい。01年にはSNAKE HIP SHAKESのアコースティックイベントで「午前0時のMERRY-GO-ROUND」を共演、ZIGGYの2007.12.31のカウントダウンにもゲストで参加。
WEBSITE
武田真治
俳優兼ミュージシャン。 映画 「7人のおたく」「NIGHT HEAD」、TV「君の手がささやいている」 「めちゃ×2イケてるッ!」など出演作多数。ミュージシャンとしてもアルバム2枚発表。サックスプレイヤーとして知られており、2005.3.13のZIGGYの恵比寿公演では「FEELIN’ SATISFIED」で共演している。元THE MAD CAPSULE MARKETSの石垣愛とともにBLADEでも活動した。
TUSK
THE SLUT BANKSのボーカリスト。THE SLUT BANKS結成以前はXのYOSHIKI主催のエクスタシーレーベルに属するZI:KILLに在籍していた「ビジュアル系」出身なのである。今の姿からは想像つかないが…。00年に突然SLUTを脱退し、旧友たちの在籍するバンドCRAZEに加入し多くのファンを驚かせた後、2005年に突然脱退を表明(バンドは2006年1月に解散)。脱退時は音楽業界からの引退を表明していたが、やがて新宿心音会板谷祐としてソロ活動を開始。2007年末には再結成THE SLUT BANKSにも当然参加し、現在も大活躍中。
BLOG『新宿心音会板谷祐』
田家祐三
THE MODS、ZIGGY、THE PRODIGAL SONS、THE DUST’N’BONEZ、Madbeaversなどのコンサートブッキング制作会社ハンナミュージックの代表取締役。ZIGGYのメンバーとは20年来のつき合い。ASIAN BEATの森社長と共にLIVE会場ではよく見かけた。
Chirolyn
Madbeaversの初代ベーシスト。それ以上に hide with Spread Beaversのベーシストとして知られる。小泉今日子、倖田來未のバックバンドのベーシストの経験もある。現在はソロで活動中。
WEBSITE
月光恵亮
ZIGGYの所属事務所パブリックイメージの社長。「のらねこのクロくん」の中で「そりゃまずいな」とセリフで参加している人(だったよね、確か…)現在は、GAGAALING、椿などの音楽制作に関与。また井上龍仁のペンネームで作曲・編曲活動も行っている。
津田正
愛称”つーやん”。森重のソロバンド”LOVE A SOUL”のベーシスト。元はSHADY DOLLSに在籍していた。
BLOG『心の詩』
Tim Jensen
LANCE OF THRILLで大半の英作詞をてがけた人物。
WEBSITE
寺沢巧一
RIDER CHIPSのベーシスト。他にもブリザード、SLYのベーシストとしての活動が有名なテクニシャンベーシスト。
Twitter/@te_ra_chin
戸嶋秀幸
元FRILL THRILLのメンバー。現在はSILVERADEで活動中。森重の古くからの友人で「ROCK & ROLL SiNGER 」では「TOXIC ADDICTION 」という傑作を提供。一躍注目を集めた。2010年には自ら率いるSILVERADEでミニアルバム「GET SET」を発表。
BLOG『HIDEYUKI”TOSSY”TOSHIMA†PIECE OF MY HEART†』
土橋宗一郎
LANCE OF THRILLのボーカリスト。LANCE参加以前は、ジェミーロケッツというインディバンドに在籍していた。ジェミーロケッツには(OBLIVION DUST〜hide with spread beaver〜VAMPS等で活躍したKAZも在籍していた)一度聴いたら忘れられない個性的な声で、LANCEのアルバム2枚に参加後、どこかのインディのCDで名前を見たが詳細不明。2000年、ランス時代の同僚・横関敦と共にBLOOD CIRCUS結成。2001年2月にはファーストアルバム発表。

な行

中山加奈子
元PRINCESS PRINCESSのギタリスト。メンバーの中で最もロック嗜好が強く、現在もロックシーンで生き残っているのは彼女一人である。現在はVoo Doo Hawaiiansで活動中。森重のソロアルバムにもゲスト参加するなど「ロック姉御」としての存在感を充分に発揮している。
WEBSITE
新美俊宏
THE SLUT BANKSのドラマーSMOKIN’STARとは、この人のこと。SLUTの前の戸城のバンドLANCE OF THIRILLのドラマーでもあったが、一般的にはBOW WOW(VOW WOW)のドラマーとして有名。SLUT解散後は、やはりそのままBAD SiX BABiESに参加。復活後SLUTには参加していない。現在は再結成BOW WOWで活動中。
西尾智浩
95年のLIVEでZIGGYをサポートしたギタリスト。近年はTMレボリューション、高橋克典、松田樹利亜、真矢(LUNA SEA)、浜崎あゆみ、pool bit boys、Out of orderなどのサポートをこなす。個人の活動としては98年、「Infuse groove」というバンド名でライヴデビュー。その後、メンバーチェンジを経て、01年頃には「LOVE MACHINE」というインディーズバンドで ライヴ活動していた。現在は元アルージュの山田晃士のBourbierで活動中。
野村義男
JOEが参加するRIDER CHIPSの音楽的リーダー&ギタリスト。一世を風靡した「たのきんトリオ」の一人としてアイドル的人気があったが、他の二人と違い、ミュージシャンとしての道を選び、The GOOD-BYEを結成。当時はアイドル的評価しか与えられなかったが、近年、独自のポップセンスが再評価されている。浜崎あゆみのツアーギタリストとしても有名。

は行

初村純一
93年、94年のZIGGYツアーをサポートしたギタリスト。詳細は不明だが、森重によると「ZIGGYには、ちょっとアーシーすぎるトラディショナルなギタリスト」だそうだ。レコーディングでは「夢一夜」のカップリング「LAZY FLOWER」に参加している。現在は音楽業界から身を引いているとのこと。
幅由美子
「BURRN!」でZIGGY関係の記事を一手に引き受ける女性ライター。
hide
ご存知X-JAPANのギタリスト。本名”松本秀人”。サーベルタイガーを経て、X(後にX-JAPANに改名)に参加。ギタリスト&ソングライターとしてバンドに大きく貢献。93年からはソロ活動を始め、JOEはこの頃のLIVEから常に行動を共にする。97年のX-JAPAN解散後、hide with Spread beaverとして精力的に活動を始めるが、98年5月に死去。その早過ぎる死と、才能に多くの人が嘆き悲しんだ。
WEBSITE『hide-city.com』
日向大介
「NICE&EASY」のプロデューサー。元インテリアズ。ブロンクスの1枚目、3枚目、横関敦の1枚目のプロデュースの他リンドバーグの1stにも参加している。
BLOG
広瀬さとし(JIMMY)
言わずと知れた元44MAGNUMのギタリスト。44解散後はTOPAZ、SPADE、Φ(ファイ)などで活躍。ファイは惜しくも2000年解散したが、このバンド結成前のプリプロでは大山がドラムを叩いていた。Velvet Spiderを経て、現在は、44マグナムを再々結成して活動中。
WEBSITE
ふーみぃ
Kharnのベーシスト。裸足でベースを弾く個性的なスタイル。前歴等は不明。
藤沼伸一
アナーキーのギタリスト。舞士、BADFISH、下郎などでも活動。戸城と親交が深く、03年の自身のソロツアーには戸城がベーシストとして同行していた。
BLOG『藤日誌』
ホッピー神山
79年、19歳の時「ヒーロー」というバンドでデビュー。83年に結成したPINKで6枚のアルバムを発表し、後のシーンに大きな影響を与えた。解散後プロデューサーとして活躍。氷室京介、CHARAなど多数のアーチストを手掛ける。96年には森重の「LOVE SOMEBODY」のプロデュースも担当。自身は同年PUGSでメジャーデビュー。全米ツアーも行い高い評価を得ている。
WEBSITE『GOD MOUNTAIN』
本田聡
ベーシスト。sham-onにベースのサポートとして参加。現在は兄の毅と共にBUGGS、GITANE(兄の本田毅も在籍)を経てfringe tritoneで活動。
本田毅
元PERSONZのギタリスト。本田聡の兄。ZIGGYの「Jealousy」のシングルバージョンのレコーディングに参加。上記の通りsham-onのサポートでも活躍した。現在はfringe tritoneで活動中。
公認WEBサイト
本多俊之
森重のソロデビュー曲「夢一夜」の作曲を手がける(同曲のサックスも彼)が、もともとロック畑ではなくジャズ畑のミュージシャン。また「ミンボーの女」「マルサの女」など多くの伊丹十三監督のサントラを手がけている。
WEBSITE

ま行

増田勇一
今やZIGGY関係の文章といえばこの人!という程のライター。BURRN!の初代副編集長、ミュージックライフ編集長を経てフリーになり、ZIGGYヒストリー本「HEVEN AND HELL SIDE HEAVEN 」を執筆、近年は雑誌「UV」のZIGGY関係のぽぼ全ての記事を担当。戸城憲夫との親交も深く、彼とのお遊びバンド「世田谷ローゼス」ではマクセル・ボーズ名義でヴォーカルも勤める。
Twitter/@youmasuda
BARKS/増田勇一
松尾賢一
THE YELLOW MONKEYのオリジナルヴォーカリスト、GLANEY TAKE THE TRIPPのヴォーカリスト。
松葉美穂
ZIGGYの1stアルバムや、「KOOL KIZZ」などにバックコーラスで参加している女性。最近でもSNAKE HIP SHAKESの「VIRAGO」で名曲「DEAR MY FRIEND」などで印象的なにバックコーラスを披露している。「VIRAGO」ツアーにも同行した。
三国義貴
自身も2枚のアルバムを発表している日本のニッキー・ホプキンスとでもいうべき名キーボードプレイヤー。RED WARRIORS、THE YELLOW MONKEYなどのサポートも有名だが、ZIGGYにも94年のツアーに同行していた。なお、彼の仕事をチェックするとJOEが同行していることが多く、意外なところで彼の参加があったりするので要注意。ツアーに同行するだけでなく「JUST A ROCKIN’ NITE」を共同プロデュ-スするなど、ZIGGYに無くてはならない存在。
BLOG
三柴理(三柴江戸蔵)
通称”エディ”。筋肉少女帯のキーボード奏者として88年にデビュー。2枚のアルバムに参加したのち脱退。以後、横関敦、ZIGGY、LANCE OF THRILL、ZNX、TRYBECCA、ends、Shammonと多くのZIGGY関係者のLIVEやレコーディングに参加。クラシック出身のそのすばらしいテクニックには業界も含めてファンも多い。旧友・大槻ケンヂと特撮に正式メンバーとして参加ののち、現在はサポートという名目ではあるが、実質的に正式メンバーとして存在感を出しまくりで筋肉少女帯でも活躍中。
WEBSITE『ピアノのなせる業と神髄』
満園英二
真っ黒けぼっくす、WILD FLAG、再結成BOW WOW、黒夢(サポート)を経てSadsに参加。ケガ、病気に見舞われ、一時期はドラムをたたけない状態だったそうだが、回復後、坂下とともにThe DUST’N’ BONEZに参加し、重厚なドラムでバンドの個性確立に一役買っている。2007年末には「弐代目HONEY bee GARDEN」名義で再結成THE SLUT BANKSにも参加。更に、森重樹一とLOVE A SOULでも活動を共にしている。2013年THE SLUT BANKSを脱退し、現在は森重のソロバンドで活躍中。
村上広晃
89年に結成され、横浜中心に活動していたガンスリンカーズのボーカリスト。91年「#1」というアルバムをリリースしている。森重の親友で、99年3月の森重ソロLIVEではステージで共演している。 DIDGY WA DIDDYで活動中の05年2月に急逝。
森内淳
音楽評論家、渋谷陽一の経営する事務所「スワンソング」のライター。かつては渋谷の「ロッキングオン」のライターでもあった。ZIGGYには好意的で、シンコーミュージックから出版された「派手目な普段着」を全面的に編集している。
Twitter/@studiomog
森朝径
通称「だめじゃんプロデューサー」。有限会社スターファッカー 代表取締役社長でもある。松尾宗仁のソロアルバムでは作詞にも参加。スターファッカーは、その後ASIAN BEAT ENTERTEIMENTとなり、ZIGGY関係者を変わらずサポートし続けてくれた。
守山賢
大山が在籍したバンド”LAV”のギタリスト。このバンドが彼のプロデビュー。LAV解散後はUP BEATの広石武彦のサポートなどを勤める。

や行

矢隅和恵
雑誌「UV」の編集者。彼女の努力でヒストリー本と写真集が陽の目を見た。
山際匠子
ZIGGYの初代マネージャー。戸城が加入した86年あたりからZIGGYのマネージャーを務める。詳しくは「ZIGGY、ZIGGY、ZIGGY―ジギー全角度分析図鑑」(JICC出版)、「ZIGGY―HEAVEN AND HELL 天国と地獄のはざまで SIDE HEAVEN」(ソニーマガジン)をどうぞ 。
山崎銀次
ZIGGYの初代ギタリスト。「横須賀にスティーヴンタイラー似のギタリストがいる」という話に興味を持った森重と出会ったことからZIGGYはスタートする。2010年森重のソロバンド”LOVE A SOUL”の横浜でのライヴで、久々に森重と共演。
山本恭司
BOW WOW(VOW WOW)のギタリスト。圧倒的テクニックを誇る名ギタリスト。TUSKのソロアルバム「3SONGS」で戸城とも共演。
WEBSITE
山本陽介
様々なアーティストのサポートギタリスト及び作編曲で活動中。 以前はROSARYHILL、OLDCODEXなどに在籍していた。 2012年4月の「ELECTRIC MOON TOUR」で森重バンドにサポートギタリストとして初めて参加。以降、森重のサポートを務めるようになる。2013年4月〜6月に、新横浜NEW SIDE BEACHで毎週金曜に開催された”FRIDAY THE MJ”に参加。これにより森重バンドのギタリストとしてのポジションを確立させる。 2013年リリースの森重のアルバム『ELEVEN ARK』のプロデュース及び「一人の世界に」の作曲を担当。 清と同様、サポートの域を越える役割を任されている。
BLOG『A DAY IN THE LIFE』
ユウ(別府克彦)
trans:bound、NOOKICKY(グニュウツールの古川ともが在籍)で活動。Shammonのサポート経験もあり、04年より大山正篤のKharnにヴォーカル&ギターで参加。ちなみにtrans:boundはSNAKE HIP SHAKESと同じイベントに出演したこともある。彼の2006年秋の突然のkharn脱退によりバンドは事実上の解散に追い込まれている。
その後、森重樹一の2011年の”樹一の日”のアコースティックコーナーに参加。 同年12月の森重FCライブ(アコースティックライブ)に参加。 2012年のアコースティックアルバムNAKED SUNにYOUとして参加。それと並行しROCKGUILDのエンジニア(SNAKE MONKEY STUDIO)を務めてきたが、2013年5月末をもって地元島根に帰郷。島根でもエンジニア等 音楽活動を継続している。
※YOU , Uなど様々な表記があり、どれが適切か不明。
Twitter/@beppu_u
横関敦
“ジェットフィンガー”の異名をとる日本最速ギタリスト。86年ブロンクスのギタリストとしてデビュー。ブロンクスで3枚、ソロで4枚のアルバムを出した後、LANCE OF THRILL、THE SLUT BANKSでギタリストとして活躍。99年8月残念ながらTHE SLUT BANKSを脱退。しかしランス時代の同僚・土橋宗一郎と、ラウドネスの山下、樋口のリズム隊を加えたスーパーバンド・BLOOD CIRCUSを結成。03年には7thソロアルバム「G.T.Resonator」リリース。アニメソングバンドJAM Projectのサポートを経て、元・楽天イーグルス田尾監督夫人”MADAM REY”のアルバムにも参加し、話題を呼んだ。 2010年より不定期でTHE SLUT BANKSに復帰。 「メタルスラット」という新しいコンセプトの重要な鍵を握っている。
Twitter/@jet_yokozeki

※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。


提供曲リスト

森重樹一

アーティスト 曲タイトル 参加形態 収録アルバム
(品番)
発表年
金子美香 ガラスの街角で 作曲 Flowerbeat
(VDR1594)
’89
大西結花 今もあなたを 作曲 RESISTANCE
(30JC469)
LINDBERG ROUTE246 作曲 LINDBERG I
(32JC406)
ミック・ブロズナン あの娘とスキャンダル 作曲 CO-COLO 上天気
(APCA5)
斉藤さおり LADY 作曲 LADY
(P32G-10)
佐藤宣彦 MILLION DOLLAR’S NIGHT 作詞 ターニングポイント
(TECN28032)
’90
FREEDOM IN THE MIDNIGHT 作詞
9月の雨はSAD SONG 作詞
本木雅弘 WALK DONNT RUN 作曲 LIZARD
(PR0003)
久宝留理子 BLOUSE 作曲 COOL
(ESCB1114)
’91
白浜久 Million days FRUSTRATION 作詞・作曲
(白浜と共作)
90’s PARADOX
(TOCP6611)
THE BELL’S ROUTE16 作詞 HEART
(TFCC88013)
天使か? 悪魔か?
荻野目洋子 ロマンチックに愛して 作曲 流行歌手
(VICL293)
’92
TATSU RAMBLING ROSE 作詞 ROCK LOVE
(BVCR97)
DIAMOND YUKAI 愛しのセーラ 作曲 愛しのセーラ(シングル)
(PCDA00497)
’93
クリプトン Lady Revolution 作曲 Lady Revolution
(COCA12413)
’95
吉田栄作 JIMMY BOY 作曲 レジスタント
(FHCF2234)
MARCY Unchain my heart 作詞 Re-Set
(POCA01264)
’98
十字架
高橋克典 涙の夜の数だけ 作詞・作曲 Bridge
(COCOP-50172)
’99
REMEMBER 〜名も泣き少年の日を〜
the MARCY BAND 空っぽのR&Rスター 作詞・作曲 悪戯天使
(WTC-5005)
’01
Ai+BAND 数え切れないTenderness 作詞・作曲 Hellow! We are Ai+BAND!!
(WPCL10020)
’03
清春 REVOLVER 作曲 poetry
(UPCH1330)
’04
SHRI:KER MaRIA 作詞・作曲
(作詞はSAHARAと共作)
SHRI:KER
(STFU-0004)
松尾宗仁 Room No.1826 作詞 Like A Rolling Stone
(MECR-2016)
風になる
透明なのは俺じゃない
MCU NO DESTINATION 作詞・作曲
(MCUと共作)
A Peacetime MCU
(BVCR-11070)
’05
玉置成美 Ready Steady Go! 作曲 Speciality
(SRCL-6290)
’06
玉置成美 i CAN FLY 作曲 CROSS SEASON(シングル)
(SRCL-6514)
’07

戸城憲夫

アーティスト 曲タイトル 参加形態 収録アルバム
(品番)
発表年
大西結花 マスカレード 作曲 RESISTANCE
(30JC469)
’89
兵藤ゆき 地図にない街 作曲 僕たちの日々
(H30Z-1000)
野沢直子 彼は新聞少年 作曲 トン吉 チン平 カン太
(VDR1660)
山瀬まみ 本日はSEITEN成り 作曲 親指姫
(292A 81)
花売り娘 作曲 親指姫ふたたび…
(KICS58)
’90
吉井ふみ子 MAD WORLD 作曲 コミックイメージアルバム
ダークキャット
(TYCY-5133)
杉田勉 humaniZm 19XX 作曲
笑美 Lonely Generation 作曲
BABY’S  TEACHER TEACHER 作曲 TEACHER TEACHER(シングル)
(WPDL-4171)
中山忍 千年の難破船 作曲 箱入り娘~このままじゃいられないわ~
(SCL1481)
松本梨果 あたしナイスな純・情・派 作曲 コミックイメージアルバム
イタズラなKiss/オリジナルアルバム
(TECD-30269)
’93
高橋不二人 Dong.Ja.Ka 作曲
(高橋と共作)
髭づら女神の狂想曲
(COCA11643)
’94
クリプトン 嵐ヶ丘 作曲 ボーイフレンド・ガールフレンド
(COCA13132)
’96
TUSK CAST 作曲 3SONGS
(KICS528)
尾身和樹 Be Alive 作曲 re/generation
(OFCF5003)
’02
JUMP (BIRD/Pop/Ver)
My Song
Future Luck
BIRD
森重樹一 Rusty Voice 作曲 ROCK & ROLL SiNGER
(MECR-2005)
’04
キッド・ロビン グッド・ラヴィン 作曲 The Boys ~永遠の洋楽アイドル
今泉圭姫子セレクション Vol.1
(SICP3890~1)
’13

松尾宗仁

アーティスト 曲タイトル 参加形態 収録アルバム
(品番)
発表年
山本太郎 BLANK GENERATION 作曲 BLANK GENERATION(シングル)
(KIDS-137)
’93

大山正篤

アーティスト 曲タイトル 参加形態 収録アルバム
(品番)
発表年
山瀬まみ 綺麗になりたい 作詞 親指姫
(292A-81)
’89
I WANT YOU
こみやあやか 背中越しになら言えたのに 作詞・作曲 背中越しになら言えたのに(シングル)
(NSDA-12)
’98
仲谷かおり Cassandra deux 作詞・作曲 カオリーヌ
(BMT-001)
’01
Sinful Love
Cassandra
おやす眠眠ぜみ
Perished watch カオリーヌ2
(BMT-003)
’02
恋時間 作曲
おはヨーグルト 作詞・作曲

宮脇”JOE”知史

アーティスト 曲タイトル 参加形態 収録アルバム
(品番)
発表年
ダンプ松本 Dump The Heel 作詞 極悪
(SJX-8121)
’85
Trouble Maker
YUTAKA&LITTELE WING Stardust Story 作詞
(D.YUKAIと共作)
Welcome To The Indy Land
(EGO-001)
’89

※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。


未発表曲を探る

ZIGGYの曲なら何でも聞きたい……そういう欲求が度を過ぎたマニアには起こって来るものです。ここではLIVE(またはTV)で披露されたが、アルバム未収録の曲……というので情報があるものをまとめてみました。「オレに出来ることは限度がある。後はオマエら次第だぜ!」と言うことで、何か情報あったら協力してください。\(^_^

午前3時のブルース〜寝てんじゃないよブギ

1988.11.12〜13にMZA有明で9時間以上に渡って12バンドが入り乱れたオールナイトイベント「STREET FIGHTING MEN」で披露された曲。ZIGGYは9バンド目に登場し、いきなり戸城ギター、森重ベースで上記の曲を演奏。ブルースをバックに戸城がゴタクを並べる「午前3時〜」に続いて、「寝てんじゃ〜」の歌詞は「起きろ!」の繰り返しだったそうだ。この2曲演奏後ZIGGYは引っ込み、アンコールで通常の曲を6曲演奏したとの事。詳細情報求ム

東京GUNS

1988.11.24 川崎CLUB CITTAの2度目のアンコールで披露されたとのデータあり。詳細一切不明。情報求ム!

TAKE IT EASY

1989.10.25 中野サンプラザにて披露された曲。「CLOSE YOUR EYES」を彷彿とさせるアコースティックナンバー。時期的に見て「KOOL KIZZ」収録のため作ったもののボツになった曲と思われる。

WITHOUT YOUR LOVE

1995.7.8 日比谷野外音楽堂 ZIGGY 東西夏開きで披露された曲。私はこのLIVEを見ているが「DEEP PURPLE風のキーボードが目立つ曲」と記憶している。(この記憶に保証はないが……)このタイトルからして、これは後の「Without…」ではないかとも思えるが……なおこの時にもう1曲新曲が披露されているが、それは「暗流」。

RUNAWAY DRIVER
淀みない宵闇の蒼さの果てに

この2曲は後に正式に音源化されているが(前者は「ゴライアス」で「嫌なこった」として再生)、98年の3月から7月にかけて「日本GT選手権」の挿入歌&エンディングテーマとしてオンエアされている。98年3月にレコーディングしているとの事なので松尾宗仁復帰後すぐの録音と思われるが詳細は不明。

WHO ARE YOU
SURVIVE

この2曲はTHE KING OF GYPSYZとして唯一行った98.6.9の渋谷ON AIR WESTでのワンマンLIVEの時、披露された曲。後にSNAKE HIP SHAKESで再生される「SWEET LITTLE CHILD」「お気に召すまま」もこの時演奏されているが、この2曲は未だ未発表のまま。

EVERY DAY

99.7.7の福岡でのイベントLIVE(戸城脱退の引き金になったともいえるLIVE)にて披露された新曲(なお、この日、もう1曲「SLIDE」という新曲が披露されているが「RAIN」のカップリング「SLIDE」だと思われる。)。プリプロまで作業が進んでいた「ゴライアス」に続くSMEでのニューアルバム用の曲と思われる。後にBAD SiX BABiESで「BLACK CAT BABiES」として音源化され、ライブでも定番曲になる。ちなみにBAD SiX BABiES以外でも、THE SLUT BANKSでは「Yer,Baby」として、The DUST’N’ BONEZでは「一事が万事」としてこの曲はリメイクされているが、音源化はされていない。

うたかたのSHININ’ DAYS

1999年12月9日のSNAKE HIP SHAKESの1STLIVE、2000年3月3日渋谷ON AIR EASTのイベント「ROCK! ROCK!  TILL YOU DROP!!」にて披露された曲。当初「その足を踏み出せ」とメドレー風につなげて演奏されていた。……という事で「その足〜」に近いイメージの曲。後にSHSのベスト盤「WORST」に収録された。

※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。


ZIGGYファンならこれも聞け!

何がなんでも外せないのがAEROSMITHHANOI ROCKSこの2バンドはZIGGYのルーツとして欠かす事は出来ない。ZIGGYの初期作品からは、彼らの楽曲から拝借した部分があちこちに見受けられるが、これはパクリというよりも「オマージュ」と呼ばれる対象への深い愛情と敬意を示した遊びなのである。

AEROSMITHAEROSMITH

THE ROLLING STONESやYARDBIRDSのコピーバンドから出発したエアロスミスは、70年に結成され73年「野獣生誕」でデビュー。このアルバムから壮大なバラード「DREAM ON」がスマッシュヒットを記録し注目を浴びる。

やがて75年には「闇夜のヘヴィロック」、76年に「ロックス」と立て続けにロック史に残る名盤を発表。ボーカルのSTEVEN TYLERとギターのJOE PERRYの2人のカリスマを中心にしたハードロックサウンドは、この時点で頂点に立った。しかしメンバーはドラックに溺れ徐々に失速。79年JOEの脱退以後バンドはどん底に陥り、82年一旦解散。しかし84年JOEの復帰とともに再結成。ラップグループRUN D.M.Cが、彼らの75年のヒット「WALK THIS WAY」をカバーした事をきっかけに再び注目が集まり、87年のアルバム「PARMANENT VACATION」から「DUDE」「ANGEL」などのヒットシングルが生まれ、再び第1線に復帰。以後、出すアルバムは必ず大ヒットするスーパーバンドとして現在も活躍中。近年でも大ヒットした映画「アルマゲドン」の主題歌「MISS A THING」を担当。彼ら初の全米NO.1シングルになった事も記憶に新しい。

ボーカルSTEVENのルックスやボーカルスタイルに森重が大きな影響を受けている事は、ZIGGYファンならば誰もが知ってる周知の事実。またエアロは、脱退していたメンバー復帰で息を吹き返し、新たな黄金時代を築いた数少ないバンドだけに、ZIGGYファンはZIGGYも彼らのような華々しい復活をする事に期待している。

オススメアルバム
  • 「ロックス」(’76)
  • 「パンプ」(’89)
  • 「BIG ONES」(’94) ※ベスト盤

HANOIROCKSHANOI ROCKS

90年頃、森重がこのバンドのボーカリスト、マイケル・モンローにあまりにもソックリな格好をしていた事もあったし、ちょうどその頃来日していたマイケルとZIGGYが共演。ライブビデオ「BIG MOUTH」にはハノイのカバー「DON’T YOU EVER LEAVE ME」が収録され、森重と戸城が意気投合させた頃はハノイの話題で盛り上がり…など書き出したらき出したらきりがないほどZIGGYとは縁が深いバンド。それがHANOI ROCKSだ。

彼らは、こういったタイプの音楽で世界に出るには(当時としては)珍しいフィンランド出身。81年「BANKOK SHOCKS SAIGON SHAKES」でデビュー。チープなヘナヘナのサウンドだが、キラリと光るメロディはこの時から健在だった。

バンドは拠点をロンドンに移し、やがてドラマーが交代。これによりバンドが引き締まった彼らは、83年「BACK TO MYSTERY CITY」を発表。「HOW」との共通項がやたら指摘される「MALIBU BEACH NIGHTMARE」のヒットにより注目を集めはじめる。そして84年アメリカの大手レコード会社CBSインターナショナルと契約を交わし、最高傑作「TWO STEP FROM THE MOVE」発売。ここから新たなR&Rヒーローの伝説が始まるはずだった。

しかし、Mötley Crüeのヴィンス・ニールの運転する車が衝突事故を起こし、同乗していたドラマーのラズルが他界。これによりバンドは解散に追い込まれ、ブレイク寸前で消滅した悲劇のバンドとして語られる事になってしまった。中心メンバーのマイケル・モンローやアンディ・マッコイはソロとして活躍していたが、02年に再結成アルバム「Twelve Shots On The Rocks」というアルバムを発表し復活。その後精力的に活動を続け2008年に再び解散した。

オススメアルバム
  • 「TWO STEP FROM THE MOVE」(’84)
  • 「グラマラス・イヤーズ」(’96)※ベスト盤、森重樹一選曲!

と、ここまで書いて気がついたが、こんな調子で進めてたら膨大な文になってしまうので以下は軽く(?)流す事にした。ご了承ください。


ハードロック・ヘビーメタル

ZIGGYのメンバーの世代には、DEEP PURPLE、LED ZEPPELINの2大HR巨頭が神のように崇められているものだが、ZIGGYのメンバーからは、あまりこの辺の色は感じられない。(もちろん、それなりに聞いてはいただろうし、松尾はジミー・ペイジのギターフレーズをそのまま拝借していたり、彼にソックリな衣装でステージに立ったこともあるが…)

ZIGGYと比較されるのは、やはり80年代中盤から後半に起った「L.A メタル」「バッドボーイズロックンロール」と呼ばれたムーブメントの渦中にいた人たちであろう。中でも代表的なのは2バンドを紹介。

MOTLEYCRUEまずはMötley Crüe。戸城が、音楽的にもファッション面で多大な影響を受けていた事でも忘れる事は出来ないだろう。私の個人的意見ではMötleyはあまり好きではないのだが、90年の全米№1アルバム「DR.FEELGOOD」(’89)は、この手の音楽の頂点ともいうべき名作とされているので、初期のZIGGYの音を愛するファンは必聴。


GUNS続いてGUNS N’ ROSES。USのメジャーでの1stアルバム「APPETITE FOR DESTRUCTION」(’87)はロック史に残る大名盤で必聴!そういえばGUNSとZIGGYは、同年デビューの同期で、戸城は「オレたち同期の他のヤツには勝ったけど、GUNSにだけは負けたんだよな」と言っていた。GUNSは現在メンバーの殆どが脱退し、リーダーのアクセル.ローズのソロ同然になってしまい、新作も出ていないが、彼らが順調に成長してれば90年代最大のロックヒーローにだってなれたかもしれない。現在のHR/HM市場の冷え切った現状の責任は、彼らにもあると言っていいかもしれない。


他にZIGGYのメンバーとも対談などで面識のあったPRETTY BOY FLOYDL.A.GUNSなどもチェックすべき。また刺青だらけで「I LOVE THE COCAINE」と歌う、いかにも、いにしえの「バッドボーイズR&R」の後継者といったBUCKCHERRYも忘れてはならない。The Wildheartsも、森重が90年代のアーチストで最も敬愛するバンドとして挙げておこう。


グラムロック

グラムロックとは、音楽的な定義は無く、「70年代前半に登場した化粧バンドがやってた音楽」と考えてもらっていい。そのため代表的なバンドのやってた音楽に近いモノが「グラムっぽい」と言われる音楽である。そのグラム2大巨頭がDAVID BOWIET-REX

BOWIEまずDAVID BOWIEだが、言うまでも無くZIGGYの名前は彼の名盤「ZIGGY STARDUST」(’72)から取られている。そういう意味でも必聴。

60年代半ばにデビューした彼は、69年「Space Oddity」のヒットにより一躍注目を集める。その後、敏腕ギタリストミック・ロンソンらを中心にしたバックバンド「スパイダー・フロム・マーズ」を従え、70年代前半1大ムーヴメントを巻き起こす。その後も常に新しい音楽スタイルを模索し、変化し続け、人々を驚かせた彼の姿勢は脱帽だ。もちろん現在も第1線で活躍中。


TREX一方、T-REXは、森重の大学の卒業論文が「T-REXとグラムロック」であったり、日本盤CDのライナーを書いたりしている事もありやはり外せない。あまりにもシンプルでチープ、しかし独特のサウンド…。初心者は、まずベスト盤から入るべきだと思うが、アルバム単位では「スライダー」(’73)がオススメか。


森重がトリビュート盤に参加したり、彼らの代表曲「ALL THE YOUNG DUES」をパクったりしている事からもMOTT THE HOOPLEも外せない。ワイルドでメロディアス&独特の淫猥な雰囲気などZIGGYとはかなり共通する所が多い。森重がステージでサングラスをすると、このバンドのボーカリストIAN HUNTERソックリになるというのが私の意見だが…。

エアロやハノイが好きなZIGGYファンは多いが、MOTTを聞くZIGGYファンが少ないのは残念だ。BEST盤「黄金の軌跡」(’75)「革命」(’73)をオススメする。


メロディアスPOPロック

ZIGGYの持つ「メロディアス」という武器はこのジャンルの影響が濃いはずなのに、これまたZIGGYファンでこのジャンルを聞く人が少ないのは意外な気もする。

BCRまず、ZIGGYのメンバーの世代の洋楽ファンなら誰もが聴いてたBAY CITY ROLLERS。アイドルバンドとして女性に絶大な人気があったため、硬派な男性ロックマニアからは迫害を受けたが、実は彼らも密かにレコードを持っていたりしたものだ。筆者の姉も彼らの大ファンだったため、筆者も初の洋楽体験はこのバンドだったりする。

とにかく誰でも親しめるこのPOPな曲の数々は、現在も多数のBEST盤が出ているので、変な先入観ナシに聴いて欲しい。森重も94年のインタビューで「オレの曲作りのルーツになっているのかもしれない」と発言している。


BEATLESもう一つ、ロックファンなら全員必須科目THE BEATLES、彼らの事はここに書かなくても膨大な資料やWEBサイトがあるのでそちらを見て欲しいが、私が何よりも言っておきたい事は「BEATLESを聴いておけば世界が広がる」という事だ。彼らはデビューから解散まで7年半の活動の中で様々な挑戦をしている。ロックのあらゆるジャンルを広く網羅している彼らのサウンドに慣れていたお陰で、私はコロコロ変るZIGGYサウンドに何の苦も無く対応出来た。また戸城がフェィバリットとして常に名を上げているし、彼の曲作りは彼らの影響大。最近ではSLUTや森重ソロでもBEATLESナンバーはカバーされている。

森重がLIVEでカバーしていた2曲が収録されている「RUBBER SOUL」(’65)、元祖HMとしてMötleyやVOW WOWもカバーしている「Helter Skelter」が収録されている「THE BEATLES」(2枚組。通称「ホワイトアルバム」)(’68)がZIGGYファンにはいいかな。でもどのアルバムでも彼らは素晴らしい。


JELLYFISH「ZOO&RUBY」制作のキッカケを作ったとも言えるJERRY FISH。「90年代のBEATLES」とも言われ、POPマニアから絶大な支持を受けている。メンバーの一人アンディ・スターマーは奥田民夫との共同作業でも有名。アルバムは2枚しか出ていないが「SPLIT MILK」(’93)の方が完成度は高い。


CHEAP「POPでメロディアスなR&R」という点でZIGGYと共通点が多いはず…でも聞かれてないのがCHEAP TRICK。ボーカリストのロビン・ザンダーは、92年頃森重が「好きなボーカリスト」として挙げていた。また、松尾はファンクラブにも入っていたそうで、名盤「at 武道館」(’78)のライナーに寄稿している。


ロックンロール、サザンロック

STONES何はなくともTHE ROLLING STONES。ZIGGYがどうこう言うより、ロックミュージシャンなら誰もがあこがれるスーパーヒーローである。

63年にチャック・ベリーのカバー「COME ON」でデビュー。65年の「SATISFACTION」の大ヒット以後、常に第1線で活躍。彼らの音楽を聴けば「ロックは必ずしもテクニックが第1とは限らない」事を思い知らされる。特に松尾はSTONESからの影響が大きく、「最も尊敬する人物」にSTONESのギタリスト、キース・リチャーズを挙げていた時期もあった。ZIGGYのパクリネタとして「BEGGARS BANQUET」(’68)「LET IT BLEED」(’69)、それに最もPOPで聞きやすい「STEEL WHEELS」(’89)もいいが、初心者には60年代から現在までを網羅するスーパーベスト「FORTYRICKS」(’02)をオススメとして挙げておこう。
そのSTONESのもう一人のギタリスト、ロン・ウッドが在籍していたFACESも欠かせない。今も第1線で活躍中の名ボーカリストROD STEWARTもこのバンドの一員。

以上2バンドは、いわゆる「土臭い」といわれるアメリカ南部のブルースを元にしたロックンロールが得意だったが、両者ともイギリス人バンド。しかしアメリカ人の南部出身者によるロックが70年代前半に流行した。「サザンロック」と言われるジャンルである。松尾はこのジャンルの大ファンで、特にLYNYRD SKYNYARDには多大な影響を公言しており、ベスト盤「SKYNYRD’S INNYRDS」(’88)の日本盤ライナーは彼の担当である。またギターの師匠として挙げているJOE WALSH。ジェームスギャング、イーグルス、リンゴスターバンドのギタリストとしても知られる。彼のスライド奏法は松尾の手本である。これらのバンドの意志を80年代によみがえらせたTHE GEORGIA SATELLITES。彼らの来日公演に松尾が飛び入りした事でも有名。1st「GEORGIA SATELLITES」(’86)がオススメ。ギタリストのリック・リチャーズは現在GUNS’N ROSES脱退後、STONES的南部サウンドロックンロールを嗜好するIZZY STRADLINと活動を共にしているので、こちらもオススメ。


パンク

NEWYORK元祖パンクともいうべきNEWYORK DOLLSを欠かす事は出来ない。戸城のフェィバリットとしてあまりに有名であるし、「HOT LIPS」のジャケットは、彼らの1stアルバム「NEWYORK DOLLS」(’73)のパロディ。DOLLSの中心人物JOHNNY THUNDERS(何とZIGGYの「PLAYING ON THE ROCKS」にも参加している)は、DOLLS解散後もソロ活動を続け「SEX,DRUG,ROCK’N ROLL」を体現したかのような生活を送り89年に死去した。LIVE盤「D.T.K LIVE」(’82)が筆者の愛聴盤。


RAMONESZIGGYで最も「パンクバカ」だったのは大山。彼がフェィバリットとして挙げていたRAMONESはシンプルな金太郎飴的スリーコードのROCK’N ROLLサウンド。でも甘くメロディアスな独特の味を持つバンドで解散した現在でも絶大な人気を誇っている。

大山がフェイバリットとして挙げていた「ROCKET TO RUSIAA」(’77)もいいが、「ラモーンズマニア」というナイスなベスト盤があるので、まずそちらから…


PISTOLSあとはパンクの代名詞SEX PISTOLS。「パンクはうるさい」なんて先入観にとらわれちゃダメ。今、聞くと最高にPOPでキャッチーなアルバムでもあるのだから…「NEVER MIND THE BOLLOCKS」(’77)は必聴!


J-POP,J-ROCK

森重、松尾が大ファンで、ギタリストの白浜久のアルバムにも参加している点で、まず語るべきがARB。80年代後期のARBのギタリスト白浜久は、90年代半ばのZIGGYを支えたギタリスト、アレンジャーとしても忘れる訳にはいかない。

VOWWOW戸城がアマチュア時代から大ファンで敬愛していたのがBOW WOW。日本のHR/HM界の重鎮で元祖的存在。VOW WOWと改名後は活躍の舞台をイギリスに移し積極的な活動を行った。

ドラムの新美俊宏は解散後、戸城とLANCE OF THRILL、THE SLUT BANKS、BAD SiX BABiESで活動を共にしている。カリスマ的ギタリスト山本恭司はTUSKのソロアルバム「3SONGS」で戸城と共演、ベースの斉藤光浩は91年のツアーで戸城と共演している。


EARTHロックに「わかりやすいメロディ」を導入した先駆者ともいえるEARTHSHAKER。80年代半ばのジャパメタムーブメントのLOUDNESS、44MAGNUMと並ぶ中心的存在。森重がヴォーカルの西田昌司(マーシー)に受けた影響はかなり大きいはずだ。ベスト的選曲の「LIVE IN 武道館」(’86)をまず聴いて欲しい。


SION森重のシンガーソングライター的側面に大きな影響を与えたのがSION。85年インディーズで「新宿の片隅で」というアルバムを発表し、各方面にセンセーションを起こした後、86年に「SION」でメジャーデビュー。

アルコールで潰したとしか思えない独特のヴォーカルスタイルと、独自の詞世界はハマると抜け出せない魅力がある。近年かつての名盤が続々再発されたが、初心者には2枚組ベスト「俺の声」(’01)をまずは聴いて欲しい。


ZIGGYとは、成り立ち、人脈、音楽性などから兄弟的なバンドと言える、RED WARRIORSすかんちTHE YELLOW MONKEY

REDSまずレッズ。彼らは「バッドボーイズロックンロール」と呼ばれた一大ムーブメントのZIGGYと並ぶ中心的存在。

元レベッカの木暮武彦(g 通称シャケ)を中心に86年にレコードデビュー。以後、「CASINO DRIVE」(’87)「KINGS」(’88)などの名作を発表。シーンの頂点に立つものの89年人気絶頂期に突然の解散。97年に再結成されたが、以後再び沈黙。しかし、今年99年に入り三度集結。活躍が期待されたが、結局現在はまたも活動休止中なのが残念だ。


SCANCHZIGGYとは比べ物にならない「パクリ王」すかんち。インディーズシーンで3枚アルバムを発表した後、「恋のウルトラ大作戦」(’90)でメジャーデビュー。

時にジミー・ペイジ、時にブライアン・メイになるローリー寺西のミーハー心丸出しのギターワークと、70年代洋楽と歌謡曲のおいしい所を全部ゴチャマゼにしたサウンドは、森重に「素晴らしい音楽性」と言わせたほど。96年に解散するが、06年に復活、以後不定期に活動を行っている。


IEMON現在は各自ソロ活動に入っているイエモンについては、他のWEBサイトでどうぞ。

日本人の自分に流れる歌謡曲体質の血に自覚的なロックミュージシャン吉井和哉(vo)の姿勢には頭が下がる。個人的には「FOUR SEASONS」(’95)が良いと思うが…。


jullyZIGGYに(特に森重)息づいてる歌謡曲体質に多大な影響を与えているのが西城秀樹沢田研二

西城のボーカルスタイルは、他にもBOOWYの氷室京介に多大な影響を与えている。J-ROCKがお茶の間に浸透する基礎を築いた2大バンドのボーカリストが共に彼の影響下であり、現在のビジュアル系の若手ボーカリストが好んで歌う独特な唱方は、氷室が手本である事から考えても西城はJ-ROCKを語る上で欠かせない名ボーカリストであり、今のJ-ROCKの祖という事もできる。なお、森重とJOEは西城のトリビュートアルバムに参加している。

沢田は、66年にタイガースのボーカリストとしてデビュー後、常に第1線で活躍。80年代半ばまでの快進撃は、ZIGGYのメンバーと同世代の人間には忘れられないだろう。ロックと歌謡曲の重要な橋渡しとなった彼の功績は、もっと評価されるべきだ。ZIGGY結成前の森重のバンドのステージレパートリーに沢田の「危険なふたり」があったという。

※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。


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