ZIGGY
Goliath Birdeater
今は、ユニットとか多くて、バンド写真に写ってるメンバーだけではパッと音出そうとしても足りなかったわけじゃない。
それが今回足りるようになったわけで、バンドとして活動できる地盤が出来上がったわけだよ。
宮脇”JOE”知史一/99年「ロッキンf」インタビューより
松尾宗仁復帰により再び4人編成となり、レコード会社もエアロスミスと同じソニーに移籍しての第1作。松尾の復帰は98年2月。それから、このアルバムリリースまでに1年あったわけだが、その期間はリハビリと称し、「THE KING OF GYPSYZ」としてアマチュアバンドと共に東京、神奈川のみでLIVEを敢行。そのLIVEでBANDとしての結束を整え、披露した新曲の反応をダイレクトに感じ取り、その成果をレコーディングに生かしたのがこのアルバムである。(アルバムタイトルは松尾の提案で、世界最大の毒グモの名前だという事だ)
この作品は「売れるアルバム」を作る事を念頭においたという。これは「売れセン」という事ではなく、「いいアルバムだから売れる」という事を目指したという事だ。そのためか今までのZIGGYのパブリックイメージ通りのR&Rナンバーが本作の軸になっている。しかし、松尾が復帰したからといって、80年代のZIGGYの焼き直しになっていない所はさすがだ。[1]などは「EASTSIDE WESTSIDE」を彷彿とさせるスピードの速いR&Rだが、確実に90年代の音を通過した響きがある。[2][4][10][11]などにも同じ事が言えるだろう。
しかし、森重樹一という有数のボーカリストがいるにもかかわらず[1][11]など必要以上にボーカルを機械処理しており、[4]ではドラムのミックスが異様に大きく、[11]もサウンドの壊し方が過剰な感がある。[4][11]のサウンドは、ともにメンバー自身の意向だったそうだが、森重のボーカルを 重視したPOPなアプローチの[5][9]などの出来の良さを考えると、その試みが必ずしも成功したとは言えないだろう。どうしてもプロデュース過剰の感が残る。
しかし[5][9]のようなポップな感覚は、戸城の描くZIGGY像とは、かなり違うモノだったようだ。ZIGGYに新しい血を導入しようという彼の試みは、スカリズムを取り入れた[6]や、シングル発売された[3]の カップリング「ZIG ZAG WALK BOOGIE」などに顕著に現れているが、ZIG ZAG〜は結局アルバムから外されるなど、彼の路線は、スタッフの思い描くZIGGY像からずれていたらしい。当然、その結果がおもしろくない戸城は、アルバム発売後のインタビューで、かなり危険な発言をしている。
全般的にメロディもよく、ハードでワイルドなZIGGYも存分に楽しめる。例の分裂騒動以後のアルバムでは最高傑作といっていいアルバムだったにもかかわらず、この夢の黄金メンバーでのアルバムはこれが最初で最後になってしまう。このアルバムの路線を引き継いだSMEでのセカンドアルバム制作中に森重戸城コンビの指向の違いが一層表面化。10月の戸城脱退へと繋がってゆく。
一つの夢は終わりを告げた。
残された3人が、次なる伝説を作れるか?今はただ暖かく見守り、待っているしかない…。
※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。


