SNAKE HIP SHAKES
SNAKE HIP SHAKES
まさに、こういうギターを弾くために、オレは戻ってきたんだよ。
松尾宗仁/「ロッキンf」2000年8月号インタビューより
SNAKE HIP SHAKES名義での第1段。Juichiが「全員納得の自信作」と豪語するR&R BAND ZIGGYの原点回帰のアルバムだ。
99年10月に、音楽性の違いから戸城憲夫が正式にZIGGYを脱退。これと同時に、SMEとの契約は白紙に戻される。(「大幅なメンバーチェンジがあった場合、契約解除が可能」という項目にひっかっかたためとの事。前作の売り上げが芳しくなかったことから、SMEに絶好の口実を与えてしまったようだ)しかも、半年間ZIGGYの名が使えないという制限も受けててしまう。
しかし、制約に縛られ、活動できない状況を嫌った残された3人は、ベースに旧知の仲の津谷正人(サイコキャンディー)を迎え、SNAKE HIP SHAKES名義で1999年12月から地道なLive活動を始める。そんな中、翌2000年4月には、メルダックとのレコーディング契約を得ることに成功。既にLIVEで20曲近い新曲を演奏していただけあって、早速、レコーディングにとりかかることになった。
まずは、エンジニアを決めることから始まった話し合いの結果、エンジニアに迎えられたのは、JOEと仕事した経験のある瀬山氏。彼のレコーディングは、合宿がパターンのため、山名湖で合宿レコーディングを行う事に決まった。結果的に、この合宿は大成功。メンバーが同じ方向性を見て、前向きに動いている雰囲気が、そのままパッケージされた素晴らしいアルバムになった。
戸城憲夫の脱退で、それまでのZIGGYが持っていた「異なる才能がぶつかりあう緊張感」が無くなり、「完全な森重樹一の独裁バンド」になるのではと危惧していた私だったが、出来上がったアルバムはメンバー4人の個性が、充分に生かされた見事な作品だった。森重が中心人物であることは、事実だが、バックが楽曲を生かすため最適なアレンジを施し、なおかつ個性が全面に出る絶妙なバランスでサポートしている理想的なものであった。
各メンバーのがんばりの中で、サポートメンバーという扱いながら、正式メンバーとしての十分な貢献をしている津谷の存在を忘れるわけにはいかない。モータウン的なハネるリズムで、古めなポップ感を演出する[3]、ハードロックとして、ギターリフとうまく絡むベースラインを弾く[7](実はKING OF GYPSYZ時代からの余りテイク)、森重得意の哀愁メロディを持つ[8]を、ハードな激しいベースラインで、歌謡曲にさせずロックとして成立させた[8]、ベースのみならずシタールも披露する[4]と見事だ。
また、水を得た魚のように得意なギターを弾きまくるSOWNINの貢献度も大きい。十八番のスライドギターを弾きまくる[5][9]、リフの組立方が鳥肌モノの[1][7]などで個性爆発。[10]のバッキングも見事だ。また、ソングライターとして、[4][6]といった曲で、森重樹一にもひけをとらない見事な楽曲を提供。それまで、ソングライターとしては、常に森重・戸城コンビの影に隠れていた彼が、優秀なソングライターだった事が、多くのファンに認知されたのは、うれしいことだった。
問答無用の疾走感あふれる速いR&Rの[1]、ポップなメロディとJOEのツーバス連打で、柔軟取り混ぜた個性が爆発する[2]、と冒頭2曲だけでも、このアルバムが開き直った得意技のオンパレードのアルバムという事がわかる。R&R不遇の時代に、これだけのモノが登場したのは、私たちファンにとっても誇らしい事だった。傑作!
※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。


