ZIGGY

PROFILE

復活…。そして変化

91年の休養中は、アニメ映画「それゆけ!R&RBAND」と、そのサントラ「SOUND TRAX」の発表以外表立った動きはなく、松尾、森重がいくつかのイベントに姿をあらわし、戸城が元BOW WOW、ARBの斉藤光浩のツアーにゲストとして参加したぐらいだった。そして91年11月、NEW ALBUM用のリハーサルのため久々に4人が結集し、レコーディングが開始された。しかしレコーディングは難航。特に戸城が初期に提示したファンクメタル路線にメンバーの足並みが揃わず、ついに2月松尾は脱退を決意するという周囲の期待とは裏腹の泥沼に陥っていく事になる。(松尾はマネージャーの説得によりレコーディングとその後のツアーの参加は承知する)

08_YELLOW-POPそんな難航したレコーディングの中生まれた「YELLOW POP」は、あまりにもそれまでの彼らのイメージと合わない冒頭の2曲に代表されるPOPさが、多くのZIGGYファンを困惑させ失望させた。戸城がリードボーカルをとる「のらねこのKUROくん」といったコミカル路線なども含め、新たに戸城が打ち出した色彩に賛否両論が巻き起こる。そしてメンバー間の意志が揃わないままツアーが始まり、ツアー最終日、8月17日を迎えた。そして、この日本武道館でのステージを最後に、大山の在籍する4人のZIGGYは二度と見られなくなった。

9月2日、日刊スポーツに、まず分列のスッパ抜き記事が掲載され、9月7日各音楽関係のマスコミに森重本人のコメントが綴られたFAXが流れる。そこに記されていたのは紛れも無く松尾、大山の脱退を告げるものだった。この分裂騒動については「ROCKIN’ON JAPAN」92年10、11月号のメンバー4人のインタビューを読んでいただくと詳しい。結局の所、松尾は予定通りの脱退といってよかったが、大山にとっては解雇と言っていい物だった。松尾脱退により音楽的自由を得た森重&戸城にとって、もはやドラマーが大山である必然がなくなったのだ。復帰後の気まずい雰囲気を一掃すべく動いていた大山には全く気の毒な結末だった。

なお、大山は以後、元KATZEの高山克彬らと共にLAVというバンドで2枚アルバムを出した後、Laputa、Devlop Frame、仲谷かおりらのプロデュースを手がける傍ら、元Wild Styleの有待雅彦とユニットShammonを結成しアルバム3枚、シングル5枚を発表後活動停止。続いて元トランス・バウンドのユウらとkahrnを結成したものの自主制作のシングル1枚を残し、音楽的中心人物のユウが脱退。活動停止状態が続いている。新メンバーを加え、復活を画策しているようだが、活動再開まで、大山はShammonを再結成し、名前をShammonzと改め、地道に活動を続けている。

混迷の時代へ

09_ZOO&RUBYこの二人の脱退発表の後、森重&戸城は「ソングライターチーム」としてバンドではないZIGGYの新しい在り方を模索していく事になる。周囲の期待と不安が高まる中、93年に発表された「ZOO&RUBY」は、またも多くの人を驚かせた。「YELLOW POP」で提示したPOP路線をさらに突き詰めた作品だったからだ。
チャート的には前作よりも上の5位まで昇ったものの、このアルバムによってZIGGYから離れていった者も多いだろう。しかし、このアルバムで二人が示した姿勢は驚異的なものである。今までの路線を続けるという楽な事をせずに、自分たちがその時点でやりたい事を優先させた彼らの姿勢こそまさに「ロック」そのものなのだと言える。また、不当に評価が低いこのアルバムだが、ZIGGYという看板を考えなければ全くもって素晴らしい作品である。

10_BLOND007続いて94年は、分裂後初のシングル「STAY GOLD」が発売され、チャートの7位まで上がる大ヒットを記録。この曲がフィチャーされた新作「BLOND007」は、前作から方向転換が図られ「ロック」への回帰を宣言したアルバムだった。しかし、このアルバムは、当時のインタビューで森重が語っているように戸城の色彩が強く、森重のエゴが引っ込んだ作品だった。過渡期の作品と言えよう。

95年。当時タイアップをとれば大ヒット確実といわれたカメリアダイアモンドのCMソングとして新曲「Jealousy」が選ばれ7位まで上昇。しかしこのシングルを最後にデビュー時から在籍した徳間ジャパンから離れる事になった。この年はアルバムリリースも無く、ぽつぽつとLIVEがある程度だったが12月に大ニュースが飛び込む。

それまでサポートメンバーとして、森重&戸城を支えていた元44マグナムの名ドラマー・宮脇”JOE”知史の正式加入がクリスマスのLive会場で正式発表されたのだ。もともと森重&戸城は将来的にはバンドに戻すつもりでいたが、ハンパな気持ちやノリだけでメンバーを選ぶのは止めようと思っており、新メンバーの選出に慎重になっていたが、サポートをしてもらっているうちに彼以外の人選はありえないと確信したという。

11_WHAT'S-NEWSかくして3人組になり、レコード会社も外資系のマーキュリージャパンに移籍したZIGGYが、96年リリースした新作「WHAT NEWS!?」は、それまでのZIGGYの総決算ともいうべきバラエティにとんだ内容だった。しかし、今にして思うとこのアルバムはJOEの加入にもかかわらず明確なビジョンが見えず、やはり試行錯誤ゆえの作品として写ってしまう。
せっかくギター ICHIRO,キーボード 元シェイディドールズの川村ケンというレコーディングと同じメンバーによるツアーが実現したのに、このメンツは、結局この時のツアーのみで終わってしまう。筆者はこの時のLIVEを見ているが、4ピース時代の曲と新曲の間の反応が呆れるほど差があり、森重は終始イラツいているように見えた。「不思議な反応だね」と笑いながら言っていた彼だったが、内心は穏やかなものではなかっただろう。私はこの時、次作の大革命を予感してしまった…。



これまでのコメント

  1. hry より:

    ライブハウスが楽しい。ノリノリ光栄

  2. 田中 弘代 より:

    こんにちは、極楽倶楽部の情報がまだまだ届いてないです。よろしくお願いします

    • JROCK NOTES より:

      こちらはオフィシャルサイトではありませんので、公式の方へお問い合わせをお願いします。

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