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NEVER SAY DIE
どう実を結んでどう枯れるか。それを証明していくのが、
今後俺たちがやっていかないといけないことじゃないのかな。
森重樹一/「UV」Vol.74インタビューより
前作からわずか8ヶ月後に発表されたSNAKE HIP SHAKES名義のオリジナルアルバム最後の作品。「年内にもう1枚出す」と宣言していたとはいえ、まさか本当に年内に出るとは思わなかった。彼らのクリエィティヴな姿勢が本物であることを裏付けたと言えよう。
前2作が、それまで新曲をライヴで演奏し、磨きを掛けスタジオ録音に持っていった…という作品が大半を占めていたが、今回は既にライヴで披露済みだったのは[9]のみで、残りは殆ど書き下ろしで構成され、スタジオワークを意識したサウンド処理に取り組んでいる。
レコーディングは、SNAKE HIP SHAKESとなってから恒例となった河中湖での合宿でスタートしたものの、途中、[8]の録音を巡って過去3作のエンジニア瀬山氏とバンド側が対立。トラックダウン時に急遽エンジニアを交代するといったハプニングが勃発している。瀬山氏との対立は、彼の「ロック」に対する音のこだわりがSNAKE HIP SHAKES側と一致しなかったことにあったらしい。このエンジニア交代劇ゆえか前3作に比べると、間口の広い柔軟な音楽性と、艶のある森重のボーカルが光る作品となった。
今回のアルバムで特徴的なのは、[1][6][10]など森重の詩に「老い」「終わり」「限りある時間」を意識したものが目立つということだ。このアルバム発表から1年ほど前に、森重の叔母が亡くなった事が、彼の書く歌詞に大きな影響を及ぼした事は容易に想像できる。中でも[6]は「いつか終わりが来るはずなのだから、限られた時間を悔いの無いよう生きよう」という森重の強い意志が歌いこまれた名曲となった。また[1]は、数年後の自分の姿を思い描きながら、自分の信念が歌いこまれるナンバーで、このアルバムを象徴するナンバーといえよう。他にも、そういった強い意志を歌ったものとしては、過去の自分に対する反省と、それゆえに悟った強い意志を歌った[4]も忘れられない名曲となったといえよう。
音楽的にも「ロックはこうでなければいけない」という「形式」に拘らず、「自分たちにとってのロック」を最優先したゆえ、バラエティ豊かな曲が並ぶ。まさに「森重節」ともいえるポップな[3][7]、50’S、60’Sポップス的津谷のバックコーラスが効果的な[5]、前作の「ACCEL」同様の松尾流メロコア[8]も光り、アルバムの多彩な色付けに成功している。個人的には、老いや枯れを意識しながらも今を生きる強い意志を歌った[10]が、曲、歌詞、サウンドどれをとっても最高の出来だと思ってる。
前2作に比べると、R&Rの形式的疾走感が落ちるゆえ、ファンの評価は今ひとつのようにも思えるが、幅広い音楽性と、譲れない強い意志、経験を重ねたバンドゆえの深い味わいが一体となった素晴らしい作品だと思う。
※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。
VIRAGO
2作目というところで、そこに自分達なりのプラス・アルファを
どうやったら盛り込めるかな、というのを凄く考えました。
森重樹一/「METALLION」Vol.13 インタビューより
「NO DOUBT」からわずか半年、「SNAKE HIP SHAKES」からも1年も立たずにリリースされた実質的セカンドアルバム。アルバムを作るために急遽作曲した…という曲ばかりでなく、KING OF GYPSYZ時代に演奏されていた[10]、その頃にTVで使用されていた[6]、「Goriath birdeater」に続くSMEでのセカンドアルバム用に松尾が提供した曲[5]、SNAKE HIP SHAKES名義がスタートしてかなり早い時期から演奏されていた[1][8][9]と寝かしてきた曲も多いものの、LIVEで演奏される事や、スタジオで熟考されることによって、それらの曲が更なる高いクオリティを手に入れている。
そういった最高のサンプルが、自己紹介のように各自のソロから始まる[1]だ。4人の良い部分が見事に凝縮されている演奏、鉄壁のアンサンブルに、この時点でのSNAKE HIP SHAKESの状態の良さが伺える。
基本的には1st「SNAKE HIP SHAKES」で提示された路線の延長線上にある作品だが、メンバーのみの演奏に拘っていた前作から一歩進めて、ピアノ、女性コーラスの導入を行っている。この試みは成功し、アルバム全体に深い味わいが加わった。
10数年前に中森明菜に提供されるはずだったいわくつきのナンバー[3]や、「NO DOUBT」発売を巡るゴタゴタがあった時期の心境を歌った先行シングルの[4]、LIVEにて何度も披露され、収録が心待ちにされていた人気曲[8]のような典型的森重節ももちろん収録されているが、4曲を提供した松尾の貢献度を忘れるるわけにはいかない。SNAKE HIP SHAKESという枠の中で、森重が歌うことを考慮に入れた彼のナンバーは、戸城のような森重と違う才能がぶつかるスリリングさはないものの、ビートパンクとレゲエの融合という変わった趣向の[2]、STONESフリークらしい軽快な[5]、プログレっぽい展開の[9](トライベッカのセカンド用に暖めていたナンバー)などアルバムに新たな色彩を与える秀作が揃っている。中でも、特に絶賛されるべきは[11]だろう。このバラードは、バンドの成熟と成長を物語る素晴らしいナンバー。年月を積み重ねることによって醸し出す深い味わいに酔って欲しい。
そして津谷正人の貢献は今回も高い。[6]でメロディアスなラインを弾き、[9]でリコーダーを披露、[10]では12弦ベースを演奏…と、すっかり楽曲を多彩にする名プレーヤーとしての存在感を醸し出している。当初は、彼の曲も収録予定だったそうだが、時間の都合で間に合わなかったらしい。次作に期待だ。
また、公式HPの天才プロデューサー氏の言うには、[6][9]の2曲は、今後の指針とも言うべき作品だそうだ。こういった作り込んだ作品が今後の指針…次作が今から待ち遠しい…。
※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。
NO DOUBT ZIGGY SONGS played by SNAKE HIP SHAKES
ノスタルジーじゃなくて、現役のバンドとして、このメンバーでやっていくんだ…という意志表示として、今後もやっていくであろう曲を録り直したかった。
JUICHI MORISHIGE/「M-GAZETTE」2000年11月号インタビューより
まさかまさかのZIGGYナンバーのセルフカバー集。アルバム「SNAKE HIP SHAKES」リリースから、わずか3ヶ月という短いスパンで発売されたわけだが、賛否両論うずまく問題作となった。
そもそも事の経緯は、所属レコード会社・メルダック側から出されたセルフカバーアルバムリリースの提案だった。前作「SNAKE HIP SHAKES」はファンからも好評に迎えられ、SNAKE HIP SHAKESの前途は揚々に見えたが、実際の所は、1枚限りの単発契約であり、事と次第によっては、またもや所属レコード会社を失う危険性と隣り合わせだった。それゆえ「活動できるチャンスは絶対モノにしたい」という森重の強い意志を確認し、メンバーは、この企画を受ける決心をする。
こういった企画は、昔の名声に頼らざるを得なくなったベテランミュージシャンがよく行う企画である。せっかく上り調子だった彼らが、こういった企画のアルバムを発表してしまうことに驚き、落胆したファンも多いと思う。しかし、物事を前向きに考えて、アンプラグドやバラード集に逃げず、正攻法でアルバムを意義あるものにしようとしたメンバーを責めるわけにはいかないだろう。
内容だが、メンバーのみで聞かせることに拘り、余計な装飾は一切なし。オリジナルバージョンにあったキーボード、ホーン、女性コーラスなどは、全て切り捨てられ、メンバー以外の参加は[3]のかけ声だけだという、あくまでもシンプルに「R&R BAND」という姿勢に拘ったアルバムになった。
「21世紀にこのアレンジで」という思いからアレンジされた楽曲の数々。[10]を除いて基本的に、大きな変化はないが、JOEのドラムと津谷のベースの鉄壁のリズム隊が楽曲の芯を支えていて、この二人のドラムとベースがあるからこそ、こういったアレンジになったと言っても良いほど二人の貢献度は高いと思う。
[2]は若干、歌詞も変えられ、どことなくハノイロックスの「哀愁のトラジティ」を思わせるアレンジに変化。オリジナルのいかにもな歌謡ロックもよかったが、このアレンジも捨てがたい。ZIGGYの「歌謡ロック」としての象徴[4]が、テンポを早め、どっしりとしたリズムを生かした見事なR&Rになっていることも評価できる。また、[9]の恐ろしいまでの早さには驚かされた。パワーとスピードとテクニックが全て凝縮された見事なナンバーである。
しかし、メンバーから発せられた「わかんないヤツは、別の世界で生きてくれ」といった言葉は、いかがなものか。オリジナルアルバムで発せられる言葉ならまだしも、こういった企画性の強いアルバムでは賛否両論あって当たり前だと思う。もちろん自信満々ゆえの発言であることはわかるが、そういった発言があった事は、個人的に初めてZIGGYに対する反発を持った瞬間であり、初めて彼らに対して裏切られた気分になった事を告白しておく。
※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。
SNAKE HIP SHAKES
まさに、こういうギターを弾くために、オレは戻ってきたんだよ。
松尾宗仁/「ロッキンf」2000年8月号インタビューより
SNAKE HIP SHAKES名義での第1段。Juichiが「全員納得の自信作」と豪語するR&R BAND ZIGGYの原点回帰のアルバムだ。
99年10月に、音楽性の違いから戸城憲夫が正式にZIGGYを脱退。これと同時に、SMEとの契約は白紙に戻される。(「大幅なメンバーチェンジがあった場合、契約解除が可能」という項目にひっかっかたためとの事。前作の売り上げが芳しくなかったことから、SMEに絶好の口実を与えてしまったようだ)しかも、半年間ZIGGYの名が使えないという制限も受けててしまう。
しかし、制約に縛られ、活動できない状況を嫌った残された3人は、ベースに旧知の仲の津谷正人(サイコキャンディー)を迎え、SNAKE HIP SHAKES名義で1999年12月から地道なLive活動を始める。そんな中、翌2000年4月には、メルダックとのレコーディング契約を得ることに成功。既にLIVEで20曲近い新曲を演奏していただけあって、早速、レコーディングにとりかかることになった。
まずは、エンジニアを決めることから始まった話し合いの結果、エンジニアに迎えられたのは、JOEと仕事した経験のある瀬山氏。彼のレコーディングは、合宿がパターンのため、山名湖で合宿レコーディングを行う事に決まった。結果的に、この合宿は大成功。メンバーが同じ方向性を見て、前向きに動いている雰囲気が、そのままパッケージされた素晴らしいアルバムになった。
戸城憲夫の脱退で、それまでのZIGGYが持っていた「異なる才能がぶつかりあう緊張感」が無くなり、「完全な森重樹一の独裁バンド」になるのではと危惧していた私だったが、出来上がったアルバムはメンバー4人の個性が、充分に生かされた見事な作品だった。森重が中心人物であることは、事実だが、バックが楽曲を生かすため最適なアレンジを施し、なおかつ個性が全面に出る絶妙なバランスでサポートしている理想的なものであった。
各メンバーのがんばりの中で、サポートメンバーという扱いながら、正式メンバーとしての十分な貢献をしている津谷の存在を忘れるわけにはいかない。モータウン的なハネるリズムで、古めなポップ感を演出する[3]、ハードロックとして、ギターリフとうまく絡むベースラインを弾く[7](実はKING OF GYPSYZ時代からの余りテイク)、森重得意の哀愁メロディを持つ[8]を、ハードな激しいベースラインで、歌謡曲にさせずロックとして成立させた[8]、ベースのみならずシタールも披露する[4]と見事だ。
また、水を得た魚のように得意なギターを弾きまくるSOWNINの貢献度も大きい。十八番のスライドギターを弾きまくる[5][9]、リフの組立方が鳥肌モノの[1][7]などで個性爆発。[10]のバッキングも見事だ。また、ソングライターとして、[4][6]といった曲で、森重樹一にもひけをとらない見事な楽曲を提供。それまで、ソングライターとしては、常に森重・戸城コンビの影に隠れていた彼が、優秀なソングライターだった事が、多くのファンに認知されたのは、うれしいことだった。
問答無用の疾走感あふれる速いR&Rの[1]、ポップなメロディとJOEのツーバス連打で、柔軟取り混ぜた個性が爆発する[2]、と冒頭2曲だけでも、このアルバムが開き直った得意技のオンパレードのアルバムという事がわかる。R&R不遇の時代に、これだけのモノが登場したのは、私たちファンにとっても誇らしい事だった。傑作!
※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。








