ZIGGY

PROFILE

2004年以降の歩み

2004年に入り、ZIGGYの各メンバーは単独の動きが活発になっていく。

松尾は、高樹リオ(ex.トライベッカ)のソロ活動のサポートを宮脇と共に引き受け、それが発展する形でGlass Dorcusを結成し、アルバムも1枚発表。更に秋には自らのストーンズ的趣味嗜好を全開にした念願の初のソロアルバム「LIKE A ROLLING STONE」を発表する。
森重は、自らのバッドボーイズロックンローラー的な資質を全面に押し出したソロアルバム「ROCK’N ROLL SiNGER」を発表し、続いてかつて袂を分かった戸城憲夫をリーダーとするハードロックバンドThe DUST’N’BONEZにヴォーカリストという形で参加。このバンドやソロで自らのハードロック嗜好を発散することにより、自然とZIGGY本体は、上記の森重の予言通り、40代のバンドとして、枯れた音を出すバンドへと少しずつ変化をしていくことになる。

この年のZIGGYとしての代表的音源は、結成20周年記念の4枚組ベスト「VICISSITUDES OF FORTUNE」だが、ここに収められた新曲2曲のうち、「悪魔と踊れ」は、森重と松尾の共通の趣味であるROLLING STONES的色彩の強いROCK’N ROLLで、「聲」は内省的な歌詞が心に染みる渋いバラードナンバー。もはや津谷のグラムロック的な持ち味や、宮脇のヘヴィメタル的ドラムスに必然が感じられないものになっていた。 だからといって、森重と松尾の絆が強固になったわけではなく、この頃は、むしろ最悪な状況下にまで追い込まれていたようだ。

ZIGGY_JUSTAROCKIN今後のZIGGYの方針を巡り、ことあるごとに対立していた森重と松尾。そんな中、松尾は電話で森重にZIGGY脱退を示唆する発言を行い、一方森重は、10月に行われた渋谷公会堂での2DAYSのホールLIVEで「ちょっと前まで解散しようかと思っていた」と衝撃の発言。こういったゴタゴタのせいか新作「JUST A ROCKIN’NITE」(サポートとして重要な役割を果たしていた三国義貴との共同プロデュース)の発表も翌2005年までずれ込んだ。

このアルバムは、まるで離脱をほのめかした松尾の趣味に森重が合わせているかのようなアルバムで、全面に渡り今までのZIGGYのアルバムの中で最も渋い大人のアルバムに仕上がった。個々の楽曲の出来は良かったものの、森重と松尾の関係は好転せず、更には津谷正人の脱退へと繋がっていく(津谷の脱退が発表されたのは翌2006年4月だが、実際には9月の横浜でのLIVEが最後だったようだ……津谷は脱退後インディーズバンドJET LAG MAKERSに加入したがアルバム1枚で脱退(2枚目はゲスト扱い)。現在は、PSYCHO CANDIEのベーシストとして、地道に活動を続けている)。

一体何度目の危機であろうか……

しかし、思いも寄らぬ事をキッカケにバンドは崩壊を免れる。プロモビデオとヒストリーインタビューを交えたDVD「ALL THAT ZIGGY」の販促用インストアイベントのトークゲストとして森重と松尾に依頼が来た。「しゃべりだけでは間が持たない」と考えた二人は、急遽アコースティックLIVEを行うことを決め、当日を迎えたが、この時の演奏の感触が想像以上によく、「4人ではぎくしゃくする関係も2人では問題ない」という事に二人は気が付いた。自然発生的にTHE PRODIGAL SONSという森重と松尾の二人によるプロジェクトの結成に至り、2006年2月にミニアルバム、12月にはフルアルバムを発表し、森重と松尾の緊張関係に終止符が打たれた。

話は戻るが、津谷脱退後、ZIGGYの後任ベーシスト候補として戸城憲夫の名前が挙がり、ZIGGYの携帯サイトには戸城復帰を前提としたような森重、松尾のコメントが載るといった事件があったものの、この話は結局幻に終わった。結局、後任ベーシストにはサポートとして市川’JAMES’洋二(元THE STREET SLIDERS)が加わり、THE PRODIGAL SONSで森重、松尾の絶大な信用を得た五十嵐’JIMMY’正彦(THE EASY WALKERS)をもう一人のサポートギタリストとして迎えた5人編成でZIGGYは再出発した。ひとまず2007年夏に6カ所でのLIVEを終え、このメンバーで録音されたメジャーデビュー20周年記念ともなる新作「NOW AND FOREVER」が発表される。

ZIGGY_N&F前述のツアーでも顕著だったが、ZIGGYの舵取りは、もはや森重ではなく、松尾にゆだねられ、ZIGGYの大きな目玉である「森重節」は、もはや見る影もなかった。 元々、松尾が好んでいたTHE ROLLING STONES的ロックンロールを核に、内省的な(SIONに影響を受けた)森重のシンガーソングライター的な作品を織り交ぜた作品は、クオリティは高かったものの、またもファンから総攻撃を受ける。松尾と宮脇の音楽性の相違は誰の目に明かであったし、「もうZIGGYとしてやるのはムリでないか?」という話し合いは実際何度も行われており、崩壊へのカウントダウンは刻々と迫っていた。同年暮れの渋谷公会堂でのLIVEで「来年、この3人が一緒にステージに立つことはないと思う」と森重が語り、長い活動休止が待っている……という認めたくない予感を多くのファンが感じ取っていた。

無期限活動停止

大晦日のカウントダウンLIVEを無事終え、明けた2008年早々、遂にオフィシャルホームページとFCから「ZIGGY無期限活動停止」が発表された。解散ではなかったこと、不仲や金銭トラブルといった類のものはなく、あくまで音楽的な理由での活動停止だったのが、せめてもの救いと言えた。

ZIGGYは活動を停止したが、最後のZIGGYメンバー5人は、松尾をリーダーとするバンドTHE PRODIGAL SONSとして、ドラムスを宮脇から大島治彦にチェンジし活動を継続。戸城は相変わらずThe DUST’N’BONEZで(ときおり息抜きに、BAD SiX BABiESのドラムスを何と大山にチェンジしたGENTLEY WEEPS、ドラムスを満園英二にチェンジしたTHE SLUT BANKS)で精力的に活動している。宮脇も相変わらずあちこちから引っ張りだこで、各種のサポート、Madbeabers、RAIDER CHIPSに44MAGNUMの再々結成……と活動を続けている。

ZIGGYは「解散」したのではない。「無期限活動停止」だ。ならば、いつの日か、彼らがその気になったときに、また新たな歴史は始まるのだ。きっと、その時は、いろんな意味で私たちを驚かせてくれるに違いない。

(2009.9.28 第5稿 改定)

文中敬称略

■参考文献
「ZIGGY、ZIGGY、ZIGGY」JICC出版、「派手目な普段着」シンコ−ミュージック、「HEAVEN AND HELL -SIDE HELL-」ソニー・マガジンズ、ロッキンf,ROCKIN’ON JAPAN、PATI-PATI-ROCK’N ROLL、GIGS、WHAT’S IN 、ZIGGYファンクラブ会誌「極楽図鑑」、UV、BURNN! 他

※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。



これまでのコメント

  1. hry より:

    ライブハウスが楽しい。ノリノリ光栄

  2. 田中 弘代 より:

    こんにちは、極楽倶楽部の情報がまだまだ届いてないです。よろしくお願いします

    • JROCK NOTES より:

      こちらはオフィシャルサイトではありませんので、公式の方へお問い合わせをお願いします。

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