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VIRAGO
2作目というところで、そこに自分達なりのプラス・アルファを
どうやったら盛り込めるかな、というのを凄く考えました。
森重樹一/「METALLION」Vol.13 インタビューより
「NO DOUBT」からわずか半年、「SNAKE HIP SHAKES」からも1年も立たずにリリースされた実質的セカンドアルバム。アルバムを作るために急遽作曲した…という曲ばかりでなく、KING OF GYPSYZ時代に演奏されていた[10]、その頃にTVで使用されていた[6]、「Goriath birdeater」に続くSMEでのセカンドアルバム用に松尾が提供した曲[5]、SNAKE HIP SHAKES名義がスタートしてかなり早い時期から演奏されていた[1][8][9]と寝かしてきた曲も多いものの、LIVEで演奏される事や、スタジオで熟考されることによって、それらの曲が更なる高いクオリティを手に入れている。
そういった最高のサンプルが、自己紹介のように各自のソロから始まる[1]だ。4人の良い部分が見事に凝縮されている演奏、鉄壁のアンサンブルに、この時点でのSNAKE HIP SHAKESの状態の良さが伺える。
基本的には1st「SNAKE HIP SHAKES」で提示された路線の延長線上にある作品だが、メンバーのみの演奏に拘っていた前作から一歩進めて、ピアノ、女性コーラスの導入を行っている。この試みは成功し、アルバム全体に深い味わいが加わった。
10数年前に中森明菜に提供されるはずだったいわくつきのナンバー[3]や、「NO DOUBT」発売を巡るゴタゴタがあった時期の心境を歌った先行シングルの[4]、LIVEにて何度も披露され、収録が心待ちにされていた人気曲[8]のような典型的森重節ももちろん収録されているが、4曲を提供した松尾の貢献度を忘れるるわけにはいかない。SNAKE HIP SHAKESという枠の中で、森重が歌うことを考慮に入れた彼のナンバーは、戸城のような森重と違う才能がぶつかるスリリングさはないものの、ビートパンクとレゲエの融合という変わった趣向の[2]、STONESフリークらしい軽快な[5]、プログレっぽい展開の[9](トライベッカのセカンド用に暖めていたナンバー)などアルバムに新たな色彩を与える秀作が揃っている。中でも、特に絶賛されるべきは[11]だろう。このバラードは、バンドの成熟と成長を物語る素晴らしいナンバー。年月を積み重ねることによって醸し出す深い味わいに酔って欲しい。
そして津谷正人の貢献は今回も高い。[6]でメロディアスなラインを弾き、[9]でリコーダーを披露、[10]では12弦ベースを演奏…と、すっかり楽曲を多彩にする名プレーヤーとしての存在感を醸し出している。当初は、彼の曲も収録予定だったそうだが、時間の都合で間に合わなかったらしい。次作に期待だ。
また、公式HPの天才プロデューサー氏の言うには、[6][9]の2曲は、今後の指針とも言うべき作品だそうだ。こういった作り込んだ作品が今後の指針…次作が今から待ち遠しい…。
※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。
NO DOUBT ZIGGY SONGS played by SNAKE HIP SHAKES
ノスタルジーじゃなくて、現役のバンドとして、このメンバーでやっていくんだ…という意志表示として、今後もやっていくであろう曲を録り直したかった。
JUICHI MORISHIGE/「M-GAZETTE」2000年11月号インタビューより
まさかまさかのZIGGYナンバーのセルフカバー集。アルバム「SNAKE HIP SHAKES」リリースから、わずか3ヶ月という短いスパンで発売されたわけだが、賛否両論うずまく問題作となった。
そもそも事の経緯は、所属レコード会社・メルダック側から出されたセルフカバーアルバムリリースの提案だった。前作「SNAKE HIP SHAKES」はファンからも好評に迎えられ、SNAKE HIP SHAKESの前途は揚々に見えたが、実際の所は、1枚限りの単発契約であり、事と次第によっては、またもや所属レコード会社を失う危険性と隣り合わせだった。それゆえ「活動できるチャンスは絶対モノにしたい」という森重の強い意志を確認し、メンバーは、この企画を受ける決心をする。
こういった企画は、昔の名声に頼らざるを得なくなったベテランミュージシャンがよく行う企画である。せっかく上り調子だった彼らが、こういった企画のアルバムを発表してしまうことに驚き、落胆したファンも多いと思う。しかし、物事を前向きに考えて、アンプラグドやバラード集に逃げず、正攻法でアルバムを意義あるものにしようとしたメンバーを責めるわけにはいかないだろう。
内容だが、メンバーのみで聞かせることに拘り、余計な装飾は一切なし。オリジナルバージョンにあったキーボード、ホーン、女性コーラスなどは、全て切り捨てられ、メンバー以外の参加は[3]のかけ声だけだという、あくまでもシンプルに「R&R BAND」という姿勢に拘ったアルバムになった。
「21世紀にこのアレンジで」という思いからアレンジされた楽曲の数々。[10]を除いて基本的に、大きな変化はないが、JOEのドラムと津谷のベースの鉄壁のリズム隊が楽曲の芯を支えていて、この二人のドラムとベースがあるからこそ、こういったアレンジになったと言っても良いほど二人の貢献度は高いと思う。
[2]は若干、歌詞も変えられ、どことなくハノイロックスの「哀愁のトラジティ」を思わせるアレンジに変化。オリジナルのいかにもな歌謡ロックもよかったが、このアレンジも捨てがたい。ZIGGYの「歌謡ロック」としての象徴[4]が、テンポを早め、どっしりとしたリズムを生かした見事なR&Rになっていることも評価できる。また、[9]の恐ろしいまでの早さには驚かされた。パワーとスピードとテクニックが全て凝縮された見事なナンバーである。
しかし、メンバーから発せられた「わかんないヤツは、別の世界で生きてくれ」といった言葉は、いかがなものか。オリジナルアルバムで発せられる言葉ならまだしも、こういった企画性の強いアルバムでは賛否両論あって当たり前だと思う。もちろん自信満々ゆえの発言であることはわかるが、そういった発言があった事は、個人的に初めてZIGGYに対する反発を持った瞬間であり、初めて彼らに対して裏切られた気分になった事を告白しておく。
※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。
SNAKE HIP SHAKES
まさに、こういうギターを弾くために、オレは戻ってきたんだよ。
松尾宗仁/「ロッキンf」2000年8月号インタビューより
SNAKE HIP SHAKES名義での第1段。Juichiが「全員納得の自信作」と豪語するR&R BAND ZIGGYの原点回帰のアルバムだ。
99年10月に、音楽性の違いから戸城憲夫が正式にZIGGYを脱退。これと同時に、SMEとの契約は白紙に戻される。(「大幅なメンバーチェンジがあった場合、契約解除が可能」という項目にひっかっかたためとの事。前作の売り上げが芳しくなかったことから、SMEに絶好の口実を与えてしまったようだ)しかも、半年間ZIGGYの名が使えないという制限も受けててしまう。
しかし、制約に縛られ、活動できない状況を嫌った残された3人は、ベースに旧知の仲の津谷正人(サイコキャンディー)を迎え、SNAKE HIP SHAKES名義で1999年12月から地道なLive活動を始める。そんな中、翌2000年4月には、メルダックとのレコーディング契約を得ることに成功。既にLIVEで20曲近い新曲を演奏していただけあって、早速、レコーディングにとりかかることになった。
まずは、エンジニアを決めることから始まった話し合いの結果、エンジニアに迎えられたのは、JOEと仕事した経験のある瀬山氏。彼のレコーディングは、合宿がパターンのため、山名湖で合宿レコーディングを行う事に決まった。結果的に、この合宿は大成功。メンバーが同じ方向性を見て、前向きに動いている雰囲気が、そのままパッケージされた素晴らしいアルバムになった。
戸城憲夫の脱退で、それまでのZIGGYが持っていた「異なる才能がぶつかりあう緊張感」が無くなり、「完全な森重樹一の独裁バンド」になるのではと危惧していた私だったが、出来上がったアルバムはメンバー4人の個性が、充分に生かされた見事な作品だった。森重が中心人物であることは、事実だが、バックが楽曲を生かすため最適なアレンジを施し、なおかつ個性が全面に出る絶妙なバランスでサポートしている理想的なものであった。
各メンバーのがんばりの中で、サポートメンバーという扱いながら、正式メンバーとしての十分な貢献をしている津谷の存在を忘れるわけにはいかない。モータウン的なハネるリズムで、古めなポップ感を演出する[3]、ハードロックとして、ギターリフとうまく絡むベースラインを弾く[7](実はKING OF GYPSYZ時代からの余りテイク)、森重得意の哀愁メロディを持つ[8]を、ハードな激しいベースラインで、歌謡曲にさせずロックとして成立させた[8]、ベースのみならずシタールも披露する[4]と見事だ。
また、水を得た魚のように得意なギターを弾きまくるSOWNINの貢献度も大きい。十八番のスライドギターを弾きまくる[5][9]、リフの組立方が鳥肌モノの[1][7]などで個性爆発。[10]のバッキングも見事だ。また、ソングライターとして、[4][6]といった曲で、森重樹一にもひけをとらない見事な楽曲を提供。それまで、ソングライターとしては、常に森重・戸城コンビの影に隠れていた彼が、優秀なソングライターだった事が、多くのファンに認知されたのは、うれしいことだった。
問答無用の疾走感あふれる速いR&Rの[1]、ポップなメロディとJOEのツーバス連打で、柔軟取り混ぜた個性が爆発する[2]、と冒頭2曲だけでも、このアルバムが開き直った得意技のオンパレードのアルバムという事がわかる。R&R不遇の時代に、これだけのモノが登場したのは、私たちファンにとっても誇らしい事だった。傑作!
※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。
Goliath Birdeater
今は、ユニットとか多くて、バンド写真に写ってるメンバーだけではパッと音出そうとしても足りなかったわけじゃない。
それが今回足りるようになったわけで、バンドとして活動できる地盤が出来上がったわけだよ。
宮脇”JOE”知史一/99年「ロッキンf」インタビューより
松尾宗仁復帰により再び4人編成となり、レコード会社もエアロスミスと同じソニーに移籍しての第1作。松尾の復帰は98年2月。それから、このアルバムリリースまでに1年あったわけだが、その期間はリハビリと称し、「THE KING OF GYPSYZ」としてアマチュアバンドと共に東京、神奈川のみでLIVEを敢行。そのLIVEでBANDとしての結束を整え、披露した新曲の反応をダイレクトに感じ取り、その成果をレコーディングに生かしたのがこのアルバムである。(アルバムタイトルは松尾の提案で、世界最大の毒グモの名前だという事だ)
この作品は「売れるアルバム」を作る事を念頭においたという。これは「売れセン」という事ではなく、「いいアルバムだから売れる」という事を目指したという事だ。そのためか今までのZIGGYのパブリックイメージ通りのR&Rナンバーが本作の軸になっている。しかし、松尾が復帰したからといって、80年代のZIGGYの焼き直しになっていない所はさすがだ。[1]などは「EASTSIDE WESTSIDE」を彷彿とさせるスピードの速いR&Rだが、確実に90年代の音を通過した響きがある。[2][4][10][11]などにも同じ事が言えるだろう。
しかし、森重樹一という有数のボーカリストがいるにもかかわらず[1][11]など必要以上にボーカルを機械処理しており、[4]ではドラムのミックスが異様に大きく、[11]もサウンドの壊し方が過剰な感がある。[4][11]のサウンドは、ともにメンバー自身の意向だったそうだが、森重のボーカルを 重視したPOPなアプローチの[5][9]などの出来の良さを考えると、その試みが必ずしも成功したとは言えないだろう。どうしてもプロデュース過剰の感が残る。
しかし[5][9]のようなポップな感覚は、戸城の描くZIGGY像とは、かなり違うモノだったようだ。ZIGGYに新しい血を導入しようという彼の試みは、スカリズムを取り入れた[6]や、シングル発売された[3]の カップリング「ZIG ZAG WALK BOOGIE」などに顕著に現れているが、ZIG ZAG〜は結局アルバムから外されるなど、彼の路線は、スタッフの思い描くZIGGY像からずれていたらしい。当然、その結果がおもしろくない戸城は、アルバム発売後のインタビューで、かなり危険な発言をしている。
全般的にメロディもよく、ハードでワイルドなZIGGYも存分に楽しめる。例の分裂騒動以後のアルバムでは最高傑作といっていいアルバムだったにもかかわらず、この夢の黄金メンバーでのアルバムはこれが最初で最後になってしまう。このアルバムの路線を引き継いだSMEでのセカンドアルバム制作中に森重戸城コンビの指向の違いが一層表面化。10月の戸城脱退へと繋がってゆく。
一つの夢は終わりを告げた。
残された3人が、次なる伝説を作れるか?今はただ暖かく見守り、待っているしかない…。
※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。
What’s Best !? SINGLES 1987~1997
デビューシングルから当時の最新シングルの(古い言い方をすれば)A面のみ([5][6]は 両A面)を集めたシングルベスト盤。完全リマスタリングされている上に、平山雄一氏の ライナーも付記されている。
と、ここまで書けば、素晴らしいベスト盤のように聞こえるが、マーキュリーとの契約消化 のために仕方なく出された印象しか残らない。何の芸も無い編集盤といえよう。実際、後のインタビューを読むと、この当時マーキュリーとの関係があまりうまくいっていなかったようで、 契約打ち切りゆえの産物のようだ。
ジャケットのオブジェは、シングルの売り上げの棒グラフ。[3]が突出していて後期に どんどん売り上げが減少しているのが自虐的で悲しい。
※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。
CRAWL
基本姿勢は、なんら変ってない気がするけどね。
“自分ができることは、どんなものでもやってみよう”っていう。
森重樹一/1997年「ロッキンf」インタビューより
「ZOO&RUBY」とは全く正反対の意味での問題作。ファンに対する裏切りともとれる大胆なサウンドチェンジを2度も行ったバンドなんて日本では彼らぐらいのものだろう。
サウンドだけでなく、ビジュアル面でも大きな変化がありファンを驚かせた。前作の戸城に続き、今度は生涯長髪を貫くだろうと思われた森重が短髪になったのだ。近年のインタビューで、この時期森重は焦りがあった事を認めている。「自分のスタイルに固執することで時代と縁遠くなって、このまま俺って時代遅れのサエない奴になっちゃうのかなって…凄く恐怖感があった」(BURN 99年4月号より)そういった当時の森重の苦悩は、歌詞にも明確に現れており、ダークな色彩を持った詩が多い。[4]などはその代表例といってもよいだろう。
詩の面だけでなく、曲も皆が期待する王道のZIGGYスタイルは影を潜めている。かわって現れたのは90年代のグランジ、オルタネイティヴ系のサウンド。他にもロカビリー、スカ、レゲェなどの感触のあるナンバーが次々に現れ、それまでの「70年代洋楽を日本人的感性で味付けしたポップなR&R」というそれまでのZIGGY感からかけ離れたサウンドだった。
このアルバムで忘れてはならないのは、サウンドアレンジ&ギター参加の元ARBの白浜久。ギターも弾けて歌も歌える上に、昔から森重のフェィバリットミュージシャンであるが故に、曲のイメージを明確に伝えることが出来、スムーズな共同作業が行われたようだ。
このアルバム発表後のツアーでは、4人時代のヒット曲は1曲も演奏されず、新作中心の内容で、多くのファンから不評を買った。「ZOO&RUBY」のアルバム評にも書いたが、常に同じ位置に立ち止まらず、前進する彼らの姿勢…。これこそROCKなのだ。そういったバンドを評価せずに何を評価すればよいというのだ。個人的にはアルバムの内容よりも彼らの心意気に胸を打たれたアルバムである。
なお先行シングル[11]は別バージョン。この曲は、森重が会心の作として気にいっている作品である。
※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。
WHAT NEWS!?
普通のロックバンドがやらないようなトライは
たくさんしてるよね
宮脇”JOE”知史/1996年インタビューより
デビューから在籍した徳間ジャパンを離れ、マーキュリーに移籍しての第1弾。このアルバムは、ZIGGY周辺の様々な変化の中、発表されたものだった。レコード会社移籍もその一つだが、何よりも大きい変化は、ドラムに元44マグナムの宮脇”JOE”知史が、正式に加入したことだった。彼は、それまでもLIVEやレコーディングでZIGGYのサポートをしていたが、それらの活動の中、森重、戸城コンビは、これ以上の人選は無いとの判断をしたのだった。さすがに多くのミュージシャンからヘルプのオファーが後を立たない名ドラマーだけあって、多彩な表情を見せる各楽曲に見事に的確なスティックさばきを聞かせてくれている。またこの頃、戸城の髪型がまるで若いパンクスのように変化し、周囲を驚かせている。
さて内容だが、前作のテクニカル路線がLIVEでの再現が難しいにの苦労した反省からかシンプルな演奏に戻っている。しかし楽曲の多彩さはZIGGYの全アルバムの中でも際立っており、柔軟とりまぜたZIGGYの芸風の展示会といった趣だ。シンプルなR&Rを提示した森重の[2][5][10]が従来のファンにはうれしいだろう。全般的に久々に森重色の強いナンバーが印象に残る。
一方、戸城は「ZOO&RUBY」路線の完成形ともいうべき[7]や、EASY WALKERSのjah−Rahが、素晴らしいパーカッシヨンを叩いている[13]で存在をアピール。特に[13]は、ドラムループを挿入して、独特の味を出すのに成功している。この曲や[3]に代表される彼のディストーションサウンドのベースがハードな味付けに一役買っている。ベーシストとしての戸城はこのアルバムから自分の求めていたサウンドを獲得したようだ。
なお大ヒットした[11]は、シングルとは別バージョン。ドラムとベースは同じテイクだが、ボーカルとギターは録り直している。シングルの本田毅のギターと比べてみるのもおもしろい。
なお、アルバムタイトルはエンジニアのスタン片山氏の命名である。
※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。
BLOND 007
もともと、いかがわしい屋台みたいな所から始めて、ちょっと不衛生だったりもしたけれど、やっとちょっと料理人としての自覚が出てきたんだね
森重樹一/1994年「PATI-PATI R&R」インタビューより
前作までのポップ路線に一区切りつけて、ロックへの回帰を図った作品。とりあえずハード路線を再び提示した事で安心したファンも多いだろう。当初は「BONDO 007」のタイトルで発売されるはずだったが、商標登録の関係でクレームがつき、戸城の発案によりこのタイトルに落ち着いた。
まず今回のアルバムは、今までのZIGGYの特徴であった「B級ロック」から「A級ロック」への脱皮を計ろうとしている部分が随所に感じられる。そのためかZIGGYのアルバムとしては珍しくテクニカルなギターソロや変拍子などが目立つ。そういったテクニカルな部分をサポートしたのは、確かなテクニックを持った謎のミュージシャン二人。謎のギタリストとしてクレジットされているBLACK ADVANCE FREEMANは横関敦。ドラマーのJIMMY F DRIVERなる人物は新見俊宏。彼らの参加なくしては、このサウンドはあり得なかっただろう。
[9]は、このアルバムを象徴する代表例で、今までの彼らのイメージをからすると本格派すぎて違和感を感じるかもしれない。そういったチャレンジは、必ずしもよいことばかりでなかったようで、半音下げや、Dチューニングの多用が災いして、LiveでPLAYできない曲が多かったという問題点も残した。なお、[4][12]は前作のアウトテイクで、当時作ったデモテープとほぼ同じだそうだ。(ボーカルは録り直したそうだが…)また、大ヒットシングルの[6]は、4人時代の頃作られた曲で、シングルカットを巡って一悶着あったと聞く。
前作とは別の意味で、新機軸を狙ったアルバムだが、全般的に戸城のキャラクターが突っ走りすぎ森重の色彩が弱いのが気になる。[11]にいたってはラップが登場し、作者の戸城もギターを弾くなどその最たるもの。戸城のアイデアを元に森重が手伝ったという印象すらある。過渡期の迷いの作品といえよう。
※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。
ZOO&RUBY
ポップ=軟弱だとか思ってる連中がいっぱいいるじゃん。
俺は、すごく違うと思うしさぁ。すごく難しいことだし、陳腐じゃないポップスを作ることは、すごく大変な作業だと思うんだよ
93年 森重樹一 ROCKIN’ ON JAPAN インタビューより
ZIGGY最大の問題作。松尾、大山の脱退によって、ソングライターユニットとなった2人が目指したのは、前作「YELLOW POP」で、戸城が試みたBEATLES的ポップスだった。彼らが、何を目指したかは、アルバムジャケットのカブトムシとタイトルに表されている。(「ZOO&RUBY」の「&」を日本語の「と」に直してみよう)
とにかく、これはとんでもない冒険である。「ZIGGY=ポップなハードロック」という一般的な認識に対するあまりにも大胆な挑戦である。当時、戸城はソロプロジェクトLANCE OF THRILLを発動させ、テクニカルなハードロックを思う存分出来る環境が整った上、ジェリーフィッシュ(90年代のBEATLESともいうべきアメリカのポップロックバンド)を好んで聞いていた。そのため、彼はZIGGYを自分のポップ志向を満足させる場として発展させたっかたのだろうと思われる。また、その戸城の志向に引きずられる形で、森重の書く歌詞が変化。タイトルを見てもわかるように英語の歌詞が激減し、それに伴い、日本語の響きを重視したボーカルスタイルに変化している 。またプロデューサーの坂井紀夫の協力もあり、コーラスが複雑に入り組んだナンバーが多い。ZIGGYのそれまでの業績を無視すれば、きわめて完成度の高いPOPアルバムである。
従来のZIGGYファンには[6]を除けば、魅力のない作品に写ったかもしれない。現にこのアルバム以降、LIVE本数が激減し、発売後、中古屋にこの作品の在庫が目立った事も思い出す。このアルバムからZIGGYを離れた者も多いだろう。しかし、ここでの二人の姿勢は何よりも評価できる。自分達の本当にやりたい事を貫き通したこのアルバムのチャレンジ精神はROCK以外の何者でもないのだから……。
※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。
ORDER-MADE -15 NUMBER SELECTION-
ファン投票による人気曲上位15位までを順に並べたZIGGY初のベストアルバム。ファンが望むZIGGY像がこれ以上ない形で選ばれており、文句無しのベスト盤といえよう。初心者はまずこのアルバムから聞くのをオススメする。初回盤はペーパーケース仕様で、40ページのブックレット付き。なお、[3]は「NICE&EASY」収録バージョンとは別のシングルバージョン。
参考までに人気投票で惜しくも選ばれなかった16位から20位までの曲を付記しておく。
- EASTSIDE WESTSIDE
- 6月はRAINY BLUES
- ROCK THE NIGHT AWAY
- FEELIN’ SATISFIED
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※この記事は過去に運営されていたファンサイトの記事を元に再構成させていただきました。




















