Tag ‘PROFILE’
PROFILE
メンバー
| Vocal | Guitar | Bass | Drums |
|---|---|---|---|
| 森重樹一 | 松尾宗仁 | 津谷正人※ | 宮脇”JOE”知史 |
※サポート
バンドヒストリー
99年10月にZIGGYから戸城憲夫が脱退。それに伴い契約を無くし、ZIGGYというバンド名の使用制限を受けた残った3人が、旧知のベーシスト津谷正人(PSYCHO CANDIE)をサポートに加え、99年12月の渋谷ラママより LIVE活動を開始。
SNAKE HIP SHAKESを名乗っているものの、実体は限りなくZIGGY。
2002年3月をもって活動を終え、2002年4月から津谷正人を正式メンバーに据え、 新生ZIGGYとして再スタートをきっている。
PROFILE
メンバー
| Vocal | Bass | Guitar | Drums | |
|---|---|---|---|---|
| 第五期 | TUSK | DUCK-LEE | 弐代目STONE STOMAC | 参代目KiD-HIROSHI(城戸紘志)※1 |
| 第四期 | TUSK | DUCK-LEE | 弐代目STONE STOMAC、 Dr.SKELTON※2 |
弐代目HONEY bee GARDEN |
| 第三期 | TUSK | DUCK-LEE | 弐代目STONE STOMAC | 弐代目HONEY bee GARDEN(満園英二) |
| 第二期 | TUSK | DUCK-LEE | 弐代目STONE STOMAC (石井仁) |
SMOKIN’ STAR |
| 第一期 | TUSK(板谷祐) | DUCK-T(戸城憲夫) | Dr.SKELTON(横関敦) | SMOKIN’ STAR(新見俊宏) |
※1:サポートでの参加 ※2:不定期参加
その他サポートメンバー
D:IRON SMOKIN(菊地哲)※負傷したSMOKIN STARの代理。
D:四代目Big Mountain(大山正篤) ※KiD不参加時に数回参加。
D:カネタク ※KiDの弟子。KiD不参加時のサポート。
G:シンヤ ※チーフローディ。アコースティックライブ時に参加。
バンドヒストリー
96年夏からライブハウスにガイコツのツナギを着たゾンビ集団が現れはじめた。とあるイベントではブーイングの嵐で「ガイコツ野郎死んじゃえ!」なんてヤジも飛び交ったという。しかし、このガイコツ集団は、テクニックも、実績も十分な強者ぞろいだった。
メンバーは1941年に生まれ、エルビス.プレスリーに憧れていたものの、1957年に自動車事故で死去したDUCK-T(B)。彼はロックスターへの憧れを捨てられず現世に蘇った。しかし、現世ではメンバーが集められずに、あの世から友人のフランス人で、ナポレオンの専属鼓笛隊で太鼓を叩いていたSMOKIN’ STAR(Ds)を加入させる。続いて彼の紹介で、滝連太郎が「荒城の月」作曲の際、ギター伴奏を頼まれたというスゴ腕ギタリストDr.SKELTON(G)が加入。最後のボーカルには、小田急線の出口で歌ってた半死状態のTUSKに決まった。話によると「歌はいいが、金がなさそうなので誘った」そうだ。
と、まあそんな経歴の彼らだが、実際のところは、LANCE OF THRILLのボーカルを土橋宗一郎から元ZI:KILLのTUSKに交代しただけのメンバーである。DUCK-Tによると「メンバーは他にいなかった」からこの4人だそうだ(しかし、DUCKは、いつも「友達少ない」「他にいなかった」ってばっかり言ってるな(笑))
2000年、TSUKの脱退(CRAZEに加入)に伴い解散するが、2007年の年越しライブにて復活。当初はThe DUST’N’ BONEZと並行して活動していたこともあり不定期な活動であったが、2013年現在、CDのリリースや定期的なツアーも行い精力的に活動している。
| 1996年 夏頃 | バンド結成 |
|---|---|
| 1997年 10月 | メジャーデビュー |
| 1999年 |
Dr.SKELTON脱退。弐代目STONE STOMAC加入。 |
| 2000年 | TUSK脱退(CRAZEへ加入)。 |
| 2007年 12月 | 大晦日、都内三箇所(目黒鹿鳴館、渋谷ラママ、新宿Loft)の年越しライブにて復活。(ラママは火災の影響により使用できなかったため、実際はCHELSEA HOTELにて行われた)ドラムはSMOKIN’ STARに替わり、弐代目HONEY bee GARDENが加入。 |
| 2010年 | Dr.SKELTONが不定期で参加するようになる。 |
| 2013年 2月 | HONEY bee GARDEN 脱退。 |
PROFILE
メンバー
| Vocal | Guitar | Bass | Drums | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 第九期 | 森重樹一 | カトウタロウ | 戸城憲夫 | カネタク | G,Dはサポート? |
| 第八期 | 森重樹一 | カトウタロウ※ | 戸城憲夫 | 宮脇”JOE”知史 | ツアーのみの活動 |
| 第七期 | 森重樹一 | 松尾宗仁、 五十嵐”Jimmy”正彦※ |
市川”JAMES”洋二※ | 宮脇”JOE”知史 | |
| 第六期 | 森重樹一 | 松尾宗仁 | 津谷正人 | 宮脇”JOE”知史 | |
| 第五期 | 森重樹一 | 松尾宗仁 | 津谷正人 | 宮脇”JOE”知史 | SHS名義 |
| 第四期 | 森重樹一 | 松尾宗仁 | 戸城憲夫 | 宮脇”JOE”知史 | |
| 第三期 | 森重樹一 | 戸城憲夫 | 宮脇”JOE”知史 | ||
| 第二期 | 森重樹一 | 戸城憲夫 | |||
| 第一期 | 森重樹一 | 松尾宗仁 | 戸城憲夫 | 大山正篤 |
※サポート
バンドヒストリー
「宝島」から発売されていたビデオ「VOS」は、日本のインディーズバンドやブレイク前の有望新人をを中心に特集するビデオマガジンだった。その5号「バッドボーイズ特集」にて、デビュー直後のZIGGYが紹介されている。そこで彼らは「外人血中濃度が異様に高いバンド」と紹介されている。確かに初期ZIGGYの音楽や、ファッションから匂うものは、偉大なる洋楽へのリスペクトと、自分の好きなアーチストに対する「こいつらカッコイイ!マネしたい!」というロック少年たちの初期衝動ともいうべきミーハー根性である。しかし、彼らはそれだけにとどまらず常に変化する事、音楽的に成長する事をマゾヒスティックまでに実践してきたバンドでもある。だが、彼らのそういった本当の姿がロックファンに正当に評価されているかと言えば、答えは残念ながら「NO」。彼らほど過小評価されているバンドも珍しいと思う。私の拙文で申し訳ないが、「一人でも多くの方にZIGGYの事を知ってもらい、正当に評価して欲しい」という思いからこの文を始める事にする。
目次
- ZIGGY結成。長い道のりの始まり。
- デビュー。そして黄金期
- 頂点。そして突然の休業宣言
- 復活…。そして変化
- 混迷の時代へ
- どん底…?
- 復活の時…しかし…
- 新たな旅立ち。最強のR&R BAND誕生!
- 曲がりくねった道は続く…
- 2004年以降の歩み
- 無期限活動停止
ZIGGY結成。長い道のりの始まり。
物語はZIGGYの中心人物、森重樹一(vo)が、早稲田大学在学中に「タランチュラ」というバンドで活動していた所から始まる。一応ハードロックバンドだったそうだが、沢田研二の「危険なふたり」のカバーをやったり、ウルトラマンタロウの「MAT出陣のテーマ」をSEに使うなど、様式メタルとは距離を置いた活動をしたかったらしい。タランチュラ解散後、LA FAME、オフィーリアとバンドを経て、森重は遂にタランチュラのベース、ドラムの3人で自らがイニシアチヴを握る新バンド結成を試みる。しかし、そういった森重の意気込み通り、バンドは転がらず、肝心のギタリストが決まらず日々は過ぎていく…。そんな中「横須賀にスティーヴン.タイラーのようなルックスのギタリストがいる」という噂をききつけ、森重は山崎銀次(g)と出会う。同年代の彼とは「ハノイロックスのような感じで日本人受けするメロディアスなR&Rをやりたい」という事で意見が一致。山崎の加入によりメンツの揃った新バンドは「ZIGGY」と名づけられた。バンド名はいうまでもなくDAVID BOWIEの名盤「ZIGGY STARDUST」からとられている。森重の話によると「この名前ならロックンロールもニューウェイヴもできるから」という事だ。音楽に対し誠実で、音楽的成長を望み、変化し続けたDAVID BOWIEの事を思うと正にハマッた名前といえよう。
彼らの初LIVEは、国分寺モルガーナにて、30人ほどの観客の見守る中、行われたという。尚、当時のレパートリーの中には、あの「FEELIN’ SATISFIED」「TOKYO CITY NIGHT」もあったそうだ。
国分寺モルガーナ、立川38アベニューなどを中心にLIVEを行ってきた彼らに転機が訪れるのは、1986年3月。当時G.D.FLICKERSで活躍していた戸城憲夫(b)が加入してからだった。当時GDはZIGGY以上の人気バンドで,森重も彼らのファンとしてしばしばステージを見に来ていたという。そんな事もあって顔を合わせた二人が、HANOI ROCKSなどの音楽話で意気投合。やがて戸城の加入が正式に決まった。独自のポップセンスを持つ彼の加入は、ZIGGYを音楽的に飛躍させた。彼は、当時「半年以内にデビューする」とメンバーの中でただ一人上昇志向を持っていたという。
戸城の加入以後、メンバーチェンジが頻繁に行われ、同年8月に大山正篤(ds)、10月には松尾宗仁(g)が加入して黄金期のメンバーが揃う。大山、松尾ともにG.D.FLICKERS在籍時に引き抜かれているが、戸城もG.D.FLICKERS出身であり、実にメンバー4人のうち3人がGD在籍者ということになる。

